マイケル・ポラニー 科学・信念・社会
マイケル・ポラニー「科学・信念・社会」

訳 中桐 大有、吉田 謙二

晃洋書房

1989年刊


 第一章「科学と実在」より。


≪科学的に知るとは、実在の様相であるゲシュタルトを識別することなのである。

 わたしはここでこれを「直観」と呼んでおいた。≫



 問題解決における困難さ・・

 プラトンによる『メノン』での指摘・・

≪プラトンは、問題の解決を追求するのは道理に合わぬことだ、と言っている。

 というのは、あなた方は、自分の捜しているものを知っているか、

 それとも知っていないかのどちらかであり、もし知っておれば、問題というものは

 なにも存在しないし、知っておらなければ、あなた方はなにも捜していないし、

 またなにか一つでも見つかると期待することもできない、からである。≫

 であるとすれば、科学的な理解はどのように生じるのか?

≪まだ理解されていないどんなものでも理解されうる、

 というようなことがどうしていえるか。≫



≪しかしもし科学が推量でしかないならば、ある推量がもう一つの推量よりも

 もっと良いと考えるのはなぜか。

 いいかえると、科学の命題を確実なものと考えるための論拠というものは、

 もしあるとすれば、なにか。≫




 意外なことに思われるが、

 中世的な見解と科学的な見解という対立とは異なり、

≪中世のカトリック哲学が、科学的合理主義を吹き込まれた世界のなかで

 最初に確立されたということは通常看過されている。≫

 そもそも、聖アウグスチヌスはカトリック哲学の基礎を捉えた人であるが、

回心に先立って科学への深い関心を持っていたことが『告白』されている。




 ジーンズ曰く、

「科学は二つの仕方で進歩する。

 一つは、新事実の発見によってであり、

 もう一つは、既知の事実を説明するメカニズムまたは体系の発見によってである。

 科学の進歩における顕著な出来事はみな第二の種類のものであった。」



≪・・科学的命題がデータから獲得できるときの明確な規則というものは

 それゆえ一つも存在しないということである。≫
 


≪経験的発見の手続はフランシス・ベイコンによって開示されかつ確立されたのだ

 という通俗的信念がある。

 しかしあらゆる事実を集め、それを自動製粉機にかけることで発見が行われるのだ

 というベイコンの処方箋は、実際には研究の戯画であった。≫


 G.ボーヤ曰く、

≪・・発見がきわめて微妙にして個人的な技術であり、しかもこの技術にとっては

 定式化されたどんな指針もほんのわずかしか助けにならないということを

 証明しているだけである。≫



 ポアンカレ曰く、

≪・・発見は通常精神的努力が積み重ねられた結果 - 

 これは力の最後の一滴をふりしぼって山頂に到達する方法だが -

 生じるのではなく、たいていは休息または気晴しの時期の後で即座にやってくるのだ、と。≫

≪・・意識的な努力ではないコントロールされない、おのずから生じる精神的再組織化の

 過程によって起こるのである。≫







<目次>
背景と展望
1 科学と実在
2 権威と良心
3 献身もしくは隷従
付録(科学の諸前提
新しい観察の意義
観察との一致)
スポンサーサイト

【楽天ブックスならいつでも送料無料】マイケル・ポランニー「暗黙知」と自由の哲学 [ 佐藤光 ]
マイケル・ポランニー 「暗黙知」と自由の哲学 (講談社選書メチエ)

佐藤 光

2010年刊


 ポランニー知識論の秘めている「恐るべき目的」が、

 明らかにされます。



『個人的知識』・・

 ポランニーによれば、

≪どのような経験科学、物理化学のような厳密な経験科学においてさえも、
 
 素朴な実証主義や客観主義や科学主義では説明できないような超経験的な理論や

 思想が不可欠な役割を果たしているという≫

 ・・経済学や社会科学においては、ある意味、当たり前のことかもしれない。


≪科学者が科学的知識を獲得するのは、万人に与えられたマニュアルに従ってではなく、

 彼あるいは彼女の個人的な技能の実践を通してである。≫



≪・・技能や技芸の習得の多くは、ただ、師匠と弟子などの具体的な人間関係を通した

 伝統(tradition)の継承としてのみ可能だとポランニーはいうのだが、

 これは、科学的知識に関しても当然当てはまる。≫


「・・分節化のプロセスは、われわれの生得の記憶力に途方もなく効果的な援助を提供した。」


「経験をより完全に記述しようとすれば、言語はそれだけ厳密さを失わなければならない。

 しかし、厳密さが失われれば失われるほど、結果として生まれる言葉の不決定性を解消する

 ために、分節化されない判断諸力が効果を増すことになる。

 われわれの言葉が言及する具体的経験の豊饒さをつかさどるのは、われわれの個人的参加なのだ。

 この暗黙の要因(tacit coefficient)」の助けを借りてのみ、われわれは、経験に関して

 いやしくもなにかを語りうることになるのである」



≪重要なのは、言語にせよ、科学にせよ、技術にせよ、人間の「分節化されたもの」の平面における

 高度な知的活動が矛盾なく有効に展開されるためには、

 「分節化されない」ものへの個人的信頼とコミットメントが不可欠だという点である。≫



 信仰のプログラム・・

≪「・・われわれは、聖アウグスティヌスにまで立ち返って、認識力の平衡を回復しなければならない。

 紀元四世紀に、聖アウグスティヌスは、史上初めて脱批判哲学を創始することによって、

 ギリシア哲学を終焉させた。

 彼の教えによれば、あらゆる知識は恩寵の賜物であり、

 われわれは、信じなければ知ることはできない

 という古来の信念の下に努力しなければならないのである」≫




 ポランニーの知識論を要約すれば、

≪知識対象(知られるもの)への知識主体(知る者)の

 個人的・人格的・積極的関与(コミットメント)を知識獲得における不可欠な要素とする

 「人格主義(personalism)」や「積極主義(activism)」、

 あらゆる知識における「暗黙の要素(tacit aomponent)」や
 
 「分節化されない知性(inarticulate intelligence)」の根本的意義の主張などを、

 その基本的特徴と挙げることができる。≫ 




 「暗黙知」再論・・

≪第一に確認したいのは、「明示知」と別に「暗黙知」なるものがあるのではないということだ。

 あらゆる明示知には暗黙知がつきまとう。

 というより、暗黙知の基盤を持たない明示知、より一般的にいえば暗黙知の要素を欠いた知識は

 存在しない。≫


 一方で、

≪・・十分に分節化された言語と理性を持った成人の人間に関する限り、

 明示知をともなわない暗黙知が存在しないことも明らかだろう。≫

≪「暗黙知」の独り歩きは、厳に慎まなければならない。≫




≪われわれの知覚や認識の背後に明確な言葉で表現できない「暗黙の次元」が存在するという事実の

 指摘に留まるなら、率直にいって、ポランニー知識論の意義はさして大きなものではない。≫

≪ポランニー知識論は、まるで、顔の諸細目からだれかの存在を同定するのと同じように、

 世界の諸細目から世界と人間の存在理由を導きだそう、世界の人間存在の意味を明らかにしようという、

 恐るべき目的を持っているのだ。


 「宇宙の意味」

 「世界の意味」

 「人間の意味」

 などの、通常の科学的方法によっては明らかにしようもない究極の意味、

 そうした意味への問いを持つこと自体が無意味(nonsense)とされかねない、

 究極の意味を探究することが可能であること-

 この点を主張することが、顔の識別の例を挙げながら、

 人間は「語ることができるよりも多くのことを知ることができる」

 と述べる、ポランニーの哲学的コミットメントだったのである。≫


【楽天ブックスならいつでも送料無料】マイケル・ポランニー「暗黙知」と自由の哲学 [ 佐藤光 ]
マイケル・ポランニー 「暗黙知」と自由の哲学 (講談社選書メチエ)

佐藤 光

2010年刊




 暗黙知・・

 「われわれは語るよりも多くのことを知ることができる」

≪われわれの知識や認識の過程には言語によって明示することができない暗黙の要素が含まれている≫


 なぜ暗黙知に着目したのか?

≪人生の少なからぬ部分を卓越した物理化学者として過ごしたポランニーは、

 科学者の実践が、価値相対主義や客観主義などとは無縁であり、明示知だけでは一歩も先に進まないことを

 身をもって知っていた。

 徹夜に次ぐ徹夜の実験と計算が「客観的」に、すなわち、それを行う科学者の主観あるいは主体性と

 無縁なわけはない。

 ボコボコと音を立てるビーカーのなかの不定形な現象の読み取りはもちろん、

 机の上に積み重ねられた紙一杯に積み重ねられた数式の読解が暗黙知と無縁なわけはない。≫


 さらに、

≪建設し維持し発展させようと自由社会が真正のものである限り、科学世界の体験から得られた

 こうした知見が、「自由社会」という、より広い世界にとっても役立たないはずはない。≫

 「なんでもあり」に堕落しがちな価値相対主義で「自由」を定義すれば、

 「反自由」も「独裁」も自由の一部に含まれてしまい、

 全体主義社会に向かって自己否定しかねない。そして、1930年代の現実は実際そうなった。

≪「真理」「正義」「誠実」への人々の「献身」、主体的で積極的な「献身」がないところ、

 虚偽と不正と欺瞞がはびこるところに、そもそも「社会」なるものが成り立つはずがないではないか。


 ポランニーの著作の全体を通して読むと、彼のこうした、「時代遅れ」にも見える熱い思い

 がひしひしと伝わってくる。≫ 



 物理化学者としてのポランニーは、

 1919年から1933年までの15年間に、合計135本の論文を一流の専門誌に発表する。

 1933年、ナチスが政権を取ると、マンチャスター大学からの招待を受け、イギリスに亡命する。

 論文は、1933年に14本、1934年に19本が、『ネイチャー』などに掲載される。

 ただし、物理化学者の業績について、

 スコット&モレスキー『マイケル・ポランニー 科学者そして哲学者として』によると、

以下のとおり、佐藤さんのコメントの補足を補ってみると、とっても手厳しい。

「彼の(物理化学者としての記録にはニアミスが点在している。

 すなわち彼は、セルロースの完全な構造を解明する瀬戸際まで行き(ながら失敗し)m

 ハイゼンベルグに先駆けて量子現象の不決定的振舞いを(ヴィグナーとともに)ほとんど発見し

(ながら失敗し)、双極子に関するロンドン理論を予想し(ながら発見できず)、

 有機反応に関するみずからの発見を理論化することに失敗するなどした。

 ・・彼は、ラグミュール、アイリング、ヴィグナー、ロンドン、あるいはみずからの息子、ジョン

 のように、研究の一分野を制覇するということがついぞなかった」

 1935年、ソ連を訪問し、N.I.ブハーリンと会見し、科学は社会主義社会の要請に応えるべし、

 という考えに衝撃を受ける。

 そして、1930年代後半、40代末になり、ポランニーの関心は、社会研究や哲学に移行する。

 60歳後半に著わした畢生の大作『個人的知識』は、賛否両論を受ける。

「プラトンとスピノザの仕事の上に築かれた科学的伝統と、C・S・パースやA・N・ホワイトヘッド
 
 の現代形而上学とを結びつけた画期的業績」と賞賛される人がいる一方、

 現代哲学に対する誤解と短見に基づいた「誤てる博識(misplaced erudition)」と酷評するものもあった。


 オックスフォード大学、マートン・カレッジの名誉あるシニア・リサーチ・フェローに選ばれるが、

 オックスフォードの哲学者は、完無視した。・・暗黙知とは逆の、明示知の基礎の上に哲学を構築しようとする

 論理実証主義学派や日常言語学派が支配的だったため。

 でも、アメリカの若い研究者たちと交流する。心理学者のエリック・エリクソン、アブラハム・マズロー、

 カール・ロジャース、言語学者のノアーム・チョムスキー、

 科学哲学者のトーマス・クーンなどであった。



≪ポランニーの思索の射程は暗黙知をはるかに超えている。・・

 暗黙知は、強く深い宗教性を帯びた自由の哲学のための背景にすぎない。

 あるいは、暗黙知の理論は、宗教的な自由の哲学のなかに位置づけられて初めてその本来の意義を

 獲得する、とさえいってよいと思う。≫




<目次>
序章 現代世界とマイケル・ポランニー
第1章 自由の哲学
第2章 経済学
第3章 知識論
第4章 「宗教の受容」への道――科学、芸術、そして宗教
終章 暗黙のリベラリズムの可能性
教科書では教えない日本政治―栗本慎一郎の政治人類学

栗本慎一郎「教科書では教えない日本政治―栗本慎一郎の政治人類学」

東洋経済新報社

1997年刊



○学者が政治を理解できぬ訳・・

≪政治ほど文化諸要素がこみいったうえで組み上がる制度はない。

 信念と欲望と、金と物欲と、正義と偽善が力をこめてぶつかりあい、

 何よりも勝ち負けが明瞭になってかかわる者たちの人生の浮沈がそこにある。

 それでいてそれは間違いもなく「制度」であるが、その制度は十分、

 原理論的な切開を受けていない。

 その原因は、いま述べたように主として学問の側の力不足または問題意識不足である。≫


 形式的には、司法・立法・行政のうち、立法府たる国会の政治家であるが、

 実際には、行政の予算を法案として決定する権利を持ち、

 また、司法の最高権である最高裁判所の人事も内閣を通じて承認する。

≪だから、政治は結果としてすべてを統括する力を持つ。≫

≪それを独占してはいるが、意思決定を行う位置にいる政治家は、

 しばしば共同体でも議論の分かれる問題を取り扱う。

 議論が分かれなければ政治は必要ではない。

 つまり、まだ政治が必要になる段階ではない。≫


 ・・問題は、「議論」と一言にいう、

 異なる利害の調整に、膨大な権力と快感が伴っているという点にあります。


 かつての自民党の重鎮たち・・たとえば金丸信がなぜ日本の政治を仕切れたのか?

≪それは彼が、対立が昂じてデッドロックにぶつかったときの妥協案作りの名手
 
 だったからだ。

 政治的に厳しい対立が生まれたとき、

 対立している双方になるほどなと思わせる落としどころを発見するのはまことに難しい。

 金丸はその名手だったのだ≫




ところで

≪市場での交換がまだ全社会を支配しない非市場社会においては、

 ほとんどの社会的事件は慣行によって判断・決定される。

 議会にあたるものは、形式的な長老会議一つで十分だ。

 と言うことは、政治が社会の主要な制度になっているのは、

 疑いもなく高度化し複雑化した市場社会だからではある。≫




<目次>
【第1章】われ戦えり! 体験的「政治改革」批判
【第2章】永遠の国対政治の秘密──議会制民主主義の根本的限界
【第3章】リベラル症候群の末路
【第4章】これが選挙制度再改定私案だ
【第5章】小沢一郎神話は崩壊した
【第6章】「住専」の政治人類学
【第7章】オウムと正義なき時代の流民たち
全国一三四小型中選挙区区割り試案
あとがき
初出一覧
パンツをはいたサル、国会へ行く―ムラ社会・永田町をフィールドワークする (カッパ・サイエンス)
パンツをはいたサル、国会へ行く―ムラ社会・永田町をフィールドワークする (カッパ・サイエンス)

栗本慎一郎事務所 編

光文社

1993年刊




栗本さんの選挙演説・・

≪当選しても就職の世話もしません。≫







 当時の「小沢一郎」評・・

≪総じて採点不能。

 こういう人を「大物」という。

 並の人間じゃない。

 いつもマジにがんがんやる、シャレなしに。

 トボけところが全然ないのに、本人がいちばんトボけている。

 それが実に怖いね。

 私より歳下とは思えない。

 生きている中で最大の大物。≫


ところが、4年経つとこう変わりました。

教科書では教えない日本政治―栗本慎一郎の政治人類学
「教科書では教えない日本政治―栗本慎一郎の政治人類学」・・

≪金丸信はまことに寂しい死を迎えた。

 なぜなら、彼が期待した小沢は、金丸と完全に違って日本的な意思決定過程を

 まったく理解していないからだ。

 小沢が日本の限界を超えようとするときの腕力は、

 日本の限界を知悉した上での決意の知勇ではなく、

 ただ日本文化から外れただけの蛮勇である。

 だから要するに無能である。

 日本をよく知っている竹下なり金丸なりがバックにつかなければ、

 小沢はたんなる裸の王様でしかない。

 金丸はそのことを最後に知ったはずだ。≫




<目次>
第1部 立ったぜ!選挙戦(私が「栗本」です!
東京三区は燃えたか?
栗本事務所・「私の選挙戦」を語る)
第2部 これが国会のパンツだぜ(栗本流・政治家のパンツの柄を調査する
ニホンの草の根の根元を切る!
ホットな政権をホットに考察する)

PAGETOP