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新潮CD 講演CD 城山三郎講演 2/城山三郎

城山三郎講演 第2集「気骨の人 広田弘毅と浜口雄幸」(新潮CD講演)

新潮社

2007年刊





 広田弘毅・・

 生涯、自らのために計らわず生きた人。

 生涯、自らのために計り続けた外務省同期の吉田茂との比較も面白い。


 平民宰相に対して、天皇がいった言葉は、「上流階級を壊すなかれ」。

 当時、いくら身分いやしい身・・平民とはいえ、いわれた広田の胸中はいかに。


 あの時代にできるぎりぎりの抵抗をした首相、とのちに元老の西園寺にいわれる。

 戦後、進歩派の内外の学者から広田への批判は多くあったが、あの場で広田以上の抵抗が

 できる人がいたとは思われない。

 首相を退いた後、近衛内閣の外務大臣に請われてなった間、

 南京虐殺があり、戦後その責を問われ、沈黙を続けた結果、A級戦犯として処刑される。


 ただし、法廷で沈黙し続ける一方、事前の検察の尋問に対しては、饒舌に話した戦犯は2人いた。
 
 一人は、木戸幸一で、「私は何もしていない。何も悪くない」を言い募った。

 一方の広田は、「すべては私の責任です。」の一点張り。その理由は、天皇を守るためだった、と。


 戦犯として勾留中、妻・静子が、夫の覚悟を察し、先に自殺(>_<)

 その後も、広田は、静子さま宛に手紙を書き続けたという逸話が紹介されていました


新潮CD 講演CD 城山三郎講演 1/城山三郎

城山三郎講演 第1集「私の好きな日本人」(新潮CD講演)

新潮社

2007年刊



 久しぶりに手にいれた講演CD。



 城山さんが好きな日本人・・

 
 鈴木商店の金子直吉、

 渋沢栄一、

 広田弘毅


 3人に共通するのは、貧しく、閨閥なし。

 しかし、ひたすら「吸収し、建白し、結合し続ける」態度でした。



 
 渋沢栄一は、フランスで勉強しまくった男がいるとの評判で、新政府の大蔵省に
 
 引っ張られる。いったん大蔵省に入ると、ルーティンワークのため、

 渋沢は若手中心で、改正掛という勉強会を立ち上げる。そこが、日本近代化にまつわる

 さまざまなことを吸収し、建白する母体となった。



 
 広田弘毅は、当時日本と通商関係のなかったオランダ公使に左遷された時、

 「風車 風が吹くまで昼寝かな」と詠みましたが、

 寝ていたわけではなく、オランダとの日本との関係改善のため、吸収し、建白し続けた。




昨日の新聞に載っていましたが、

小林秀雄さんの講演の未発表音源が発見されたとのこと。


 「小林秀雄の未発表音源みつかる 『本居宣長』への執筆意欲語る」


音源は昭和40年11月27日、
国学院大学大講堂(東京・渋谷)で行われた公開学術講演会を収録したもので、

内容は、『本居宣長』を執筆した背景が語られたもの

4月9日発売の『小林秀雄講演』CD(新潮社)

で発売されます。


楽しみができましたޥ


ビデオ「丸山眞男と戦後日本 第二回 永久革命としての民主主義」


 ビデオ「丸山眞男と戦後日」の第二巻目。


 1996年8月15日、丸山眞男が82歳で亡くなった2ヶ月後・・

 弟子の飯田泰三さんが、書庫に入る

 3箇所に、2万点の書物

 18冊の講義ノート ・・が残されていた。

 晩年、日本政治思想史の講義録をまとめようとされていた様子



 日本人の精神的原型・・

 仏教、儒教・・以前から日本にあった「古層」を解明し、

 その歴史意識、倫理意識、政治意識を分析する

 そうしない限り、日本に民主主義は根づかない・・


 60年安保闘争時、

 政治を目的としない人の行動によって、民主主義となる・・

 と主張し、自民党の2分する必要性を感じ、
 日中デモに参加し、夜半に三木武夫のもとへ日参する日々・・
 しかし、政治的には敗北。以降、政治的には沈黙を守る。


 そして、民主主義の新たな基軸を求めて、

 未完となった「正統と異端」の研究へ・・

  
 丸山さん自身の主義主張・・一言で○○主義などということはできない、

 しかし、あえていえば・・

 「永久革命としての民主主義」かもしれない、と。

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