【楽天ブックスならいつでも送料無料】加藤周一を記憶する [ 成田龍一 ]
成田龍一「加藤周一を記憶する」(講談社現代新書)

2015年刊




≪加藤周一は、明晰さにおいて秀でた思想家でした。

 型をみごとに抽出し、歴史的な視野と空間的な広がりのなかで

 <いま>をたえず論じ続けてきました。

 思想の産みの苦しみではなく、

 逆に見通しの付け方にたくさんの示唆を与えてくれます。≫




 1948年の著作・・

≪重要な論考が収められる『文学と現実』ですが、

 注目すべきは「定家『拾遺愚草』の象徴主義」と

 「漱石に於ける現実主義」の二編です≫


≪後者の「漱石に於ける現実主義」ですが、

 加藤は、漱石の作品では『明暗』のみを評価します。

 そして、『明暗』に触れながら、「真に現実的なものは、

 日常的意識の表面にではなく、その奥にあり、観念的なものこそ、

 現実的であり得るただ一つのものだ」といいます。

 それは、漱石自身、すなわち

 「作者の内部に深く体験された現実」=

 「人間の情念のデモーニッシュな嵐」です。≫




<目次>
はじめに 加藤周一と戦後
(戦後と知識人
「またぎ越し」の意味
「戦後」の問い方を問う ほか)
第1章 「急進的知識人」として
(はじまりとしての一九四六年
マチネ・ポエティク
一九五〇年前後 ほか)
第2章 『雑種文化』の地平
(「西洋」の地で
『雑種文化』とその構成
再考される「戦争」 ほか)
第3章 加藤周一の世界/日本
(日本からの離脱
一九六〇年代
知識人原論)
第4章 自伝とことばと文学と
(『羊の歌』を読む
『続 羊の歌』
一九六八年の加藤周一 ほか)
第5章 時評のなかの加藤周一
(「戦後知」の変容のなかで
「夕陽妄語」散見)
おわりに 知識人・加藤周一
(知識人として生きたひと
知識人の喪失した時代に希求されて
9条の「精神を生かすこと」 ほか)
スポンサーサイト
 昨夜、恵比寿の日仏会館ホールで、

 水村美苗さんの講演会がありました。

2014092012270000 (3)

 
 フランス文化講演シリーズとしては、第280回目。

 第5回加藤周一記念講演会でした。

 数年前から気になっていたので、やっと念願叶いました。

 テーマは、「私の知っていた加藤周一さん」

≪加藤周一さんを個人的に知ったということ――それは、人生の多くのことがそうであるように、偶然によるものですが、私にとって大いなる恵みでした。ご一緒していて、あれほど楽しい方には、お目にかかったことがありません。講演では、その個人的に知っていた加藤周一さんについて、時代を追ってお話しします。それはニューヘィヴン、パリ、ニューヨーク、東京、中国各地、信濃追分など、ご一緒した場所を追ってお話しすることにもなります。まとまりのない断片的な話となりますが、作品を通じて見る加藤さんとは少し別の人物が浮かび上がることと思います。
≫ 

 冒頭、作家と作品の関係についていいます。

 作家は、素晴らしい作品が書ければよいのであり、

 素晴らしい作品を書いた作家が、作品より素晴らしくある必要はないし、

 また多くの作家は、実際、作品よりも素晴らしくない。

 しかし、加藤さんは、作品と同じ以上に、素晴らしかった。


 加藤さんに出会った水村さんの人生はとても充実し素晴らしいものになったと思っている一方、 
 
 若くして加藤さんに出会ったがゆえに、加藤さんと比較すると他の大勢の人がつまらない人に思え、

 世界を狭くしてしまったことは、不幸だったことかもしれない。

 


 水村さんは、夫の岩井克人さんがイェール大学に招かれた際、一緒に渡米し、

 ご自身は学生となった時、1974年から2年間客員講師だった加藤さんの講義を受けることになりました。

 当時は、住友財団の寄付があったため、日本から多くの講師が招かれていました。

 最初の年は、加藤さんが執筆された『日本人の死生観』を基にした講義でしたが、

 2年目は、生徒が水村さんお一人になったため、水村さんの自宅で講義するようになった。

 加藤さんが手がけていた『日本文学史序説』の鎌倉時代の文献が当時の講義の内容だった、といいます。

 帰国後は、上野毛の加藤さんの自宅にも定期的に招かれていたものの、都内ではくつろげないため、

 信濃追分の加藤さんの家の近くに、水村さんも家を持ち、お互いに訪問するようになった。

 この信濃追分での、日没前の夕闇せまるテラスでの食事と語らいの景色が目に浮かぶようでした。




モノ食う人々・・日仏会館ホールのすぐ前にあるリコスキッチンさんで夕食。

2014092012270000 (2)


 この日は、女子会がされていましたが、1テーブルだけ空いており、とってもついてました(^o^)/

 料理は、シェフのおまかせ7品のコースで、魚介類中心でどれも美味しかったのですが、

メインのでてくる5皿目でもうお腹一杯でした(^-^;

 でも、追加のデザートまで、きっちりいただきました。
2014092012270000.jpg

2014092012270000 (1)

加藤周一最終講義―佛教大学 白沙会 清華大学 立命館大学

かもがわ出版

2013年刊




「マルキシズム、仏教、朱子学とその日本化」・・

≪マルクス主義はどの程度まで倫理化していたか、

 太宰治の小説を例にとってみましょう。


 太宰は学生のときから党と距離を保っていて、入党していなかったと思います。

 そのことに対して、信ずるべからざることだけど、本人には”よくないことをしている”

 という意識があったのです。≫

≪みずから”悪いことをした”という感覚に囚われました。

 それが『人間失格』という小説です。

 なぜ『人間失格』という小説を書いたかというと、

 それは「マルクス主義者失格」という意味で、そうは言えないから「人間失格」としたと思います。≫







「何人かの歴史上の人物について」・・

≪絵画がわかるということは、セザンヌの場合、

 少なくとも林檎が問題ではないということがわかるかどうかということです。

 セザンヌは八百屋で買ってきたふつうの林檎がそれまでのすべての人類が見た

 林檎とは別なふうに見えたわけだ。

 だから革命なんです。≫

 
 同様に、セザンヌが、何十年もの間、描き続けた南フランスの山、

サント・ヴィクトワールが有名になったのは、山そのものが素晴らしかったからではない。

≪・・たいして高くもないし雪もない。

 セザンヌが描いた丘のような山がどうしてそんなに有名になったのかと言えば、

 それで絵画史が変わったからですよ。≫







「京都千年、または二分法の体系について」・・

 19世紀は、2つの歴史哲学を生み出した。

 1つは、ヘーゲル的・マルクス的普遍主義。

 もう1つが、時間的な一回性の強調、空間的な地域性の強調をする特殊主義・個別主義。

 象徴的にいうと、キルケゴール。

≪ある意味では、19世紀思想というのはヘーゲル対キルケゴールです。

 ヘーゲル的・マルクス主義的歴史主義、

 したがって普遍主義対キルケゴール的一回性・特殊性・個別性の強調になる。≫


≪これは二項対立です。

 この問題は簡単には解決しないと思います。≫


≪それをきれいに表現したのが20世紀で、ジャン=ポール=サルトルがその一人です。

 サルトルは、はじめ「現代 Les Temps Modernes」に書き、

 これを後に『弁証法的理性批判』という大著の第一章に入れたのですが、

 それは「方法の問題」という非常にきれいな論文です。≫

≪それは何のための方法かと言うと、

 人間的・社会的・歴史的な現実を把握するための方法です。

 それは根本的には二項対立ですが、その相関関係をどういうふうに分析し、

 どういうふうに把握するかということを叙述したのが

 ”Question de Methode”です。

 その意味で、サルトルは非常に独創的な20世紀の思想家でした。≫





<目次>
1 マルキシズム、仏教、朱子学とその日本化
(マルキシズム
仏教と朱子学)
2 何人かの歴史上の人物について
(鉄斎とピカソ
漱石と科学
佐野碩とメキシコ
仏教とキリスト教)
3 私の人生、文学の歩み
(観察者
第一の時期―一五年戦争の時代
第二の時期―敗戦直後、欧州で
第三の時期―北アメリカにいた時代
第四の時期―その後
「九条の会」)
4 京都千年、または二分法の体系について
(周辺部の京都でおこった変化
ダイコトミーをめぐって
持続と変化、中心部と周辺部の関係
その中心部としての京都)3

【送料無料】知の巨匠加藤周一 [ 菅野昭正 ]

知の巨匠・加藤周一

菅野昭正 編

2011年刊



 2010年以来、日仏会館で行われている「加藤周一記念講演会」の講演記録。

 加藤さんの追悼講演会があること・・本書で、初めて知りました。






「雑種文化と国際性(池澤夏樹)」より。

≪精神だけは日本式、技術は洋式と、そううまくはいかない。

 和魂洋才という都合の良い言葉がありますが、実際にはそれは不可能です。≫

 たとえば、技術導入をする場合、その技術を支えるのは科学という一種の哲学であり、

 論理性と整合性を尊ぶ知のシステムに基づくことになる。

 これは、日本精神主義とどうやってもつながらない、と。

 
≪普遍的であることを目指すのは、加藤周一の大事な属性の一つです。≫

≪・・どんな場合でも自分が考えていることが普遍的であるか否かという検証

 を自分に対して行う。加藤さんはそれを怠らなかった。≫


≪加藤周一は、日本文学・日本文化を論じるのに、常にどこかで日本語以外の言語でも

 考えていた。ここがすごいところです。

 自分が考えること、書くことを(例えば『正法眼蔵』のこの部分はと引用しながら

 書いている時に)、これは英語で通じるかなとか、あるいはフランス語になるかなと

 チェックしながら書いていた。これはぼくの推測ですが、たぶん間違っていない。

 それによって、日本文化を普遍的な尺度をもって測ろうとした。≫






<目次>
思いだすままに(菅野昭正)
いま『日本文学史序説』を再読する(大江健三郎)
戦争の世紀を超えて―加藤周一が目ざしたもの(姜尚中)
日本美術に見る時間と空間―加藤周一の文化論をめぐって(高階秀爾)
雑種文化と国際性(池澤夏樹)
加藤周一とフランス(海老坂武)
加藤周一の肖像―青春から晩年まで(山崎剛太郎、清水徹)


【送料無料】冥誕 [ 大江健三郎 ]

冥誕―加藤周一追悼

かもがわ出版

2009年刊





 水村美苗さんの言葉・・

≪世の中はつくづく不公平なものだと思います。

 加藤さんのことを考えると、とくにそうです。

 容姿が良く生まれる。

 思いやりののある性格に生まれる。

 強い倫理観をもって生まれる。

 恵まれた環境に生まれる。

 さらには、尋常ではない、優れた頭脳をもって生まれる。


 加藤さんのことを考えると、こう言っては失礼かもしれませんが、

 いったいどこまでが、加藤さんご自身の努力の成果なのだか、

 よくわからなくなります。≫






鷲巣力さん・・

≪加藤周一さんが八十歳の誕生日を迎えたときのことである。

 「人生があと倍あればねえ・・」
 
  といたずらっぽく笑った。
  
 なかば冗談、なかば本気だと思った。
 
 書く時間や語る時間が欲しい、といいたかったのである。≫




<目次>
1(加藤周一さんを再読する(大江健三郎)
加藤さんの心棒(鶴見俊輔) ほか)
2(加藤周一と小田実と(玄順恵)
希望の人(鷲巣力) ほか)
3(時代読みつつ“時流”離れ(樋口陽一)
ユーモア含む鋭い語法(池澤夏樹) ほか)
4(加藤周一 知的歩みを振り返って(ジュリー・ブロック)
加藤さんの「否定形」論法(彭佳紅) ほか)
5(言葉と人間―加藤さんが大切にしたもの(鷲巣力)
終わりなき対称性の美学(最上敏樹))

PAGETOP