畑村洋太郎 畑村式「わかる」技術 (講談社現代新書) その2




畑村洋太郎「畑村式「わかる技術」」・・「課題設定」「仮想演習」から「真の理解」へ


 「わかる」「わからない」とは、

 自分の頭の中のテンプレート(型紙)と比較し、一致していることが見つかった場合、

 「わかる」と感じ、一致していることが見つけられないときに「わからない」と判断している。

 
 テンプレートの一致といっても、理解度にはさまざまな差があり、

 その理由として、

 「要素の一致」「構造の一致」「新たなテンプレートの構築」という3つの

 パターンがあり、それぞれの一致度合による。

 「要素の一致」は、頭の中にある要素のテンプレートと、目の前にある事象の要素

 とが一致した状態をいいます。

 たとえば、目の前にリンゴがあるとします。

 こればリンゴであるとわかるのは、過去にリンゴを見たり食べたりした経験をして、

 「リンゴというのはこういうものだ」という自分なりのテンプレートを持っているから。

 色、形、香り、手触りなどの要素を理解しているから。

 小さい頃、リンゴは赤いものと思っていても、青いリンゴもあることを知り、

 経験を通して、リンゴのテンプレートが書き換えられていきます。



 「構造の一致」は、「要素」単体ではなく、要素同士の結びついた「構造」をいいます。

 「うまい蕎麦屋」という場合、そばそのもの味はもちろんですが、そば粉とつなぎの分量や、

 そのそばの産地やそれに関するエピソードや、店の雰囲気やサービスも含まれます。

 それらの要素によって成り立つ構造をテンプレートして持って、

 「うまい蕎麦屋」を判断している。


 

 「新たなテンプレートの構築」。

 もともと目の前にある事象と同種の要素や構造のテンプレートが自分の頭の中になければ、

 「要素」や「構造」の一致によって「わかる」ことができない。

 その場合、≪自分がすでに頭の中に持っている要素や構造を使って新しくテンプレート

 をつくることで理解しようとする≫ことをいう。

 たとえば、これまで「みそ汁」や「スープ」を飲んだことはあるが、

 生まれてはじめて「シチュー」を食べる人がいるとします。

 始めはシチューを前にして困惑し、みそ汁やスープのテンプレートと

 完全一致はしないものの、「液体状のものの中に素材が具として入っているもの」

 という構造の類似点を手がかりにして、新しいテンプレートをつくることができる。

 みそ汁とは、具の素材や味付けがまったく違う、スープとは質感が異なる、

 などの要素をテンプレートに加えていくことができる。




○経験主義者の誤り

≪経験主義者は、人より多くの経験をしたことがあるというだけで、

 対象がどういう要素を持ち、どういう構造になっているかまで意識して

 観察し理解しているわけではありません。

 つまり、経験の回数が多いだけなので、その状態は「わかる」というのとは

 根本的にちがうのです。≫


 「わかる」とは、観察した現象から、要素の摘出、要素同士の組合せによる構造化し、

 その現象発生の因果関係をきちんと理解すること。

 そして、その構造を、実際にか、頭の中の思考実験として試動にさせてみて、

 最初に観察した現象と一致することを確認すること。

 試動により、前提や制約などの条件が何であるか、また条件が変わると何が

 どうなるか等、条件の変化による課題や問題を把握し、対処することができるようになります。

 このプロセスを経て初めてわかったということになるのですが、

 「やったことがある」「知っている」レベルのことが頭に入っているだけ

 の経験主義者を「偽ベテラン」と畑村さんはいいます。




○決まった道を歩くリスク

≪誰かが答えを出した道をあとから進むと、その人の考え方のルートをまったく

 同じようにたどるだけで、失敗もせずに目的が達成できるので、非常に楽です。≫

 はじめてそのことを考えた人の100分の1の労力で同じことができるようになる。

≪ただし、仕事をするにしても何をするにしても、いつも順調なわけではなく、

 時にはアクシデントに遭遇することもあります。

 そうしたときにすでにある道ばかり歩いてきた人は、

 誰かが歩いたことのある道の上でしかものが考えられません。≫

≪日頃から自分でルートを探し出す経験を積んでいる人は、

 こういうときでも動揺することなく柔軟に対処できます。

 パニックになることもないし、思考停止の状態に陥らずに別ルートを

 自力で見つけられるのです。≫
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【送料無料】「想定外」を想定せよ!

畑村洋太郎 「想定外」を想定せよ!―失敗学からの提言

NHK出版

2011年刊



 
 「想定」とは、考えるために必要不可欠なもの。

 何かものを考える場合、
 ある境界線(領域を区切るライン)を決めて、
 その中のことを考えることで、ようやく頭が働き始める。

 この境界を作ることが「想定」である。


 しかし、「想定」が、物事を考えるために人為的に、意図的に作られた
 「境界」に過ぎない以上、「ありうることは起こりうる」。



≪どんなに発生頻度が低く、「想定外」のことであっても、
 起こる可能性が論理的に0パーセントでない限り、起こるときには起こる≫

 だから、重要なのは、「想定外」が起こったときに、
 的確な判断や対応を行い、いかに被害を最小限に食い止めることが大切になる。

 そのためには、「想定外」の事態が起こりうるという「想像」をし、

 「想定外」のことが起きたときには、どのように対応するかをあらかじめ
 考えておかなくてはならない。


 だから、「想定外」だから準備ができていなかった、
 準備できていなくても仕方なかったという開き直りは、お粗末な言い訳にすぎない。


また、
≪人は実行したことがあることしか、いざというときに実行することはできません。
 頭で知識として理解しているだけでは不十分なのです。≫




 想定外を想定するためには・・


 まず「全体を把握する」こと。

 マニュアルにのっとった「どうやればいいか」だけでなく、

 自分の頭で「どうしてか」をも理解し、全体像を把握できるようになる。

 想定外の事態が起きたときも、全体を見ながら、どうすればよいか、
 何が必要かを的確に理解し実現する・・「真のベテラン」になるよう
 一人一人が心がけること。

 そのための訓練として、「仮想演習」や「逆演算」をする。

「仮想演習」とは、前提となっている条件が変わった場合に何が起こるか、
 先に考えておくこと。

「逆演算」とは、あたかも逆回しのフィルムのように、時間軸をさかのぼって
 考えてみること。





<目次>
第1章 想定とは何か
(想定は考えるために必要不可欠
安全性はどのように確保するか ほか)

第2章 ありうることは起こる!
(ありうることは必ず起こる!
なぜ、「原因究明」が必要なのか ほか)

第3章 なぜ、ありうることが忘れられるのか
(「ここより下に家を建てるな」
失敗の記憶消滅には法則性がある ほか)

第4章 「想定外」を想定せよ!
(失敗を防いだ上越新幹線脱線事故
うまくいった「想定」はニュースにならない ほか)

第5章 「想定外」にいかに対処するか
(全体像を把握する
自分で観察し考えることで「真のベテラン」になれる ほか)


【送料無料】未曾有と想定外

畑村洋太郎「未曾有と想定外─東日本大震災に学ぶ」 (講談社現代新書)

講談社

2011年刊





 先日、「東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員:中間報告」が出ましたが、

 その末尾にあった「想定外」を、想定できなかった・想定しなかったことが、

 真の原因であり、教訓とすべきことが指摘されていますが、本書と『「想定外」と想定せよ!』

 で主張されている畑村さんの意見が全面的に取り入れらたかたちになっています。



 未曾有・・とは、個人として「いまだかつてないこと」ではなく、「歴史上いまだかつてない」

 という言い方をすべきもの。今回の震災や津波では、この未曾有という言葉が乱発して使われた。

 ただ、そこにあるのは、「人は忘れる」という大原則があることを示している。

 人間の忘れっぽさには、「3」の法則がある。

 3日 (個人)飽きる

 3月 (個人)冷める

 3年 (個人)忘れる

 30年(組織)途絶える・崩れる

 60年(地域)地域が忘れる

 300年(社会)社会から消える

 1200年(文化)起こったことを知らない


 過去に経験した大きな大きな事故やトラブルも、
 当事者がいなくなり、その話を伝える人もいなくなると、
 徐々に記憶の減衰し、なかったものとされてしまう。



 八ツ場ダムやスーパー堤防の建設方針が二転三転するのは、
 過去の水害の記憶の減衰にほかならない。

 もともとは、昭和22年のカスリーン台風で首都圏水没の危険を防ぐために予定されたもの。
 
 最も警戒をようするのは、隅田川上流の北千住あたり。
 もし、高潮や大水が出て、千代田線の地下の入り口から水が流れ込み始めたら、
 利便性のため路線がつながっている地下鉄と周辺の地下街をすべて水没させてしまう
 可能性がある。 


 ましてや・・関東大震災や東海大震災、富士山噴火をどこまで想定して生活しているか?
 というと、心細いかぎり(>_<)



 「防災対策」を考えるときは、「死んだ人が見た光景」というものが
 とても大切になる。亡くなった人の目線で、被害を防いだり減災に結びつけて考える。 

 今回は、「想定外」が想定するのが、専門家の責任であった。

 事故が起こってから、専門家が、「想定外」を連発し、
 周りに「がっかり」を積み重ねた結果、不信感や怒りを招いた。



 「想定外」を想定できるのは、
 日頃から想定の訓練をしている人だけである。

 想定内のことだけを考えてきた人には、とうてい対処はできない。






<目次>
第1章 津波と未曾有
「未曾有」という言葉/
「人は忘れる」という大原則がある/
「失敗学」と「津波」/
津波に「対抗」するのか「備える」のか/
田老地区の二つの防潮堤/
逃げなかった高齢者と逃げられなかった介護者/
「情」と「職業倫理」が判断を狂わせる/
信玄堤に見る「いなす」「すかす」思想/
それでも人は海岸に住む/
記憶を少しでもとどめるために  etc.

第2章 原発と想定外
「想定外」という言葉/
「想定」について考える/
「見たくないものは見えない」「聞きたくないことは聞こえない」/
津波のデータも「見たくないものは見えない」/
組織事故という考え方/
絶対安全の虚構/
事故調査についての考え方/
忘れ去られた技術の系譜/
地震国日本における想定/
原発はなぜ必要だったのか/
本質安全で設計できるか/
リスクとベネフィット  etc.

第3章 日本で生きるということ
日本は北と西に分断されている/
崩れを止める人々/
満濃池以来のダム決壊について思ったこと/
「八ッ場ダム」「スーパー堤防」について考える/
首都圏水没の可能性/
歴史は繰り返す、自然災害もまた/
日本人を日本人たらしめてきたもの etc.


回復力

畑村洋太郎「回復力 失敗からの復活」(講談社現代新書)

2009年刊


 回復力・・・失敗、いえ大失敗との付き合い方を語られたもの。

 うつ状態になるのは、3つのパターンがある。
 
 「目標喪失」
 「超えられない高い壁」
 「先が見えない」

 自滅パターンにはまり込む人の特徴は、

 「人は弱い」という認識が欠けている。


「被害最小の原理」・・

 1.「人は弱い」ということをまず認める
 2.逃げる
 3.他人のせいにする
 4.おいしいものを食べる
 5.お酒を飲む
 6.眠る
 7.気晴らしをする
 8.愚痴を言う
 
「自分の「回復力」を信じて、その瞬間をひたすら待つのが失敗への最高の対処法」


 「失敗などで死んではいけない」



<目次>
第1章 人は誰でもうつになる
第2章 失敗で自分が潰れないために大切なこと
第3章 失敗したら誰の身にも起こること
第4章 失敗後の対処
第5章 失敗に負けない人になる
第6章 失敗の準備をしよう
第7章 失敗も時代とともに変わる
第8章 周りが失敗したとき


みるわかる伝える

畑村洋太郎「みる わかる 伝える」

 
 「3現」主義・・「現地」「現物」「現人」が、「みる」ことの基本

 でも、現在の世の中は、「3ナイ」・・「見ない」「考えない」「歩かない」

 となりつつある。


<みる>

 人間には「見たくないものは見えない」という性質がある。

 だから、大きな事故の前には様々な予兆があるが、

 「危ないことを見たくない人はそのサインを受け取ることができない」


 とくに、その場を支配する「気」に飲まれると、物事の本質がみえなくなる。

 だから、「気」の存在を意識して、その影響を排除して見るようにつとめること。

 
 だからこそ、「危ないことを知りたい」という意識でみると、

 「失敗の鬼」を見つけることができる。

 ・・・ごもっとも。でも、何百項目ものリスクチェックシートを記しながら、
 「失敗の鬼」を把握しながら、その回避策や緩和策を採りながらも、いくつかは
 発生したときに手当てする覚悟をすることになります。



<わかる>

 世の中は「要素」と「構造」でできている

「世の中のすべてのものや事象は、いくつかの「要素」が絡み合う形で

 必ずある「構造」をつくりだしている」

 私たちが、物事を「わかる」かどうかは、自分の頭の中にある「テンプレート」

 が、一致するか否かによる。

 理解度は、「要素の一致」「構造の一致」「新たなテンプレートの構築」の

 3つのパターンの一致度合いによる。


 
 知識を得るための方法には2つある。

 1つは、「アクティブ学習(能動的学習)」・・自分の経験を通じた学習

 もう1つは、「パッシブ学習(受動的学習)」・・学校の講義形式の授業

 「アクティブ学習」により、「経験を通じて、学生はどんな知識が自分に足りなかったか
 
 を実感として理解するようになる。そのためそれからは真剣に知識を吸収するようになるのだ」
  
 

「真の科学的理解」とは、要素の摘出と構造化を通じて目の前のものや現象の状態を

 正確に知り、現象の因果関係を正しく理解することである。


 「形式論理」の落とし穴・・「AならB」と「BならC」の2つの条件がある場合、

 「AならC」が成立することが、一見もっともに思えるが、

 「AならB」と「BならC」が両方とも成り立つ時だけしか、成立しない。

 同様に、「詭弁の論理」にも騙されてはいけない。



<伝える>

「人は本当に「この知識が欲しい」と思うようにならなければ、

 頭が能動的に働かないようにできている。」

 「受け入れの素地」の有無が、知識の獲得に大きく左右する。


「「知識化」の基本は「何がどう起こって、どうなったか、それはなぜか」である。

 「原因-行動-結果」の一連の因果関係を簡単かつ明快な文章や図で示す」こと



PS

 リーダーと仮想演習

 「組織の強さは、リーダーがどこまで仮想演習をやっているかで決まる」




<目次>
第1部 「みる」編
(「みる」ことから始まる
 視点を持つ
 視点を変える
 みえなくなるとき
 逆演算でみてみよう
 時間軸を加えて立体的にみてみよう
 条件を変えるとどうなるかを頭の中でみる)
第2部 「わかる」編
(世の中は要素と構造でできている
 「わかる」ということ
 現象の理解
 行動してみないとわからない
 わかるためには「アクティブ学習」しかない
 真の科学的理解をめざす
 自分の尺度を持とう
 わかりやすさに騙されない
 わかっていたつもりの世界
 わかる人はアハロジーを使っている
 具体の世界・抽象の世界
 暗黙知を知ろう)
第3部 「伝える」編
(なぜ伝えようとしても伝わらないのか
 「伝える」とはどういうことか
 伝える場合・伝えない場合
 ベストの伝え方はむしり取らせる
 何が伝達に必要か―知識化と必要な記述
 マニュアルの問題点を知っておく
 文字と絵を組み合わせる
 実物で魅せる
 陽の世界だけでは伝わりにくい
 裏図面の必要性
 個で考え集団で共有する
 共有知へ)

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