岡本裕一朗「いま世界の哲学者が考えていること」


岡本裕一朗「いま世界の哲学者が考えていること」

IT革命の哲学的意味とは・・岡本裕一朗「いま世界の哲学者が考えていること」


 BT(バイオテクノロジー)革命・・

 現代におけるバイオテクノロジーの発展は、私たち「人間」をどこに導くのか?



 バイオテクノロジーの進化の歴史・・

 1950年代 DNAの「二重らせん」構造、生命科学

 1970年代 試験管ベビー誕生、遺伝子工学

 1990年代 ヒトゲノム計画、体細胞クローン牛誕生 



 人体の改変をめぐる論争・・

 科学者のグレゴリー・ストックは、

 バイオテクノロジーの成果を積極的に取り入れ、

 「費用、安全性、有効性」の条件がクリアされるならば、人間に対する遺伝子組み換えも

 賛成すべき、と主張する。

 現代のバイオテクノロジーは、「ポストヒューマン(人間以後)」に導く。

 生殖細胞系列の遺伝子改変とは、具体的には、受精卵に対して遺伝子操作を行うこと。

 この技術によって、遺伝子が改変されると、それが次の世代へ引き継がれていく。

「私たちの子孫を、現在使われているような意味で

 人間とは呼べないほどに現在の人類とは違ったものに変えてしまうことができるかもしれない。」




 バイオテクノロジーは、優生学を復活させるか?

 ナチス型の優生学と、現代の優生学とは何が違うのか?

 ナチス型では、国家や組織が主体となって、個人の生命に対して、強制的に介入した。

 一方、現代の優生学は、どのような子どもを産むかは、親やカップルの自由に任せられており、

 リベラルな優生学と呼ばれている。


 子どもの遺伝子改良は、子どもへの早期教育が、少しだけ早くなったにすぎない。

 ・・む、む、む(>_<)





 バイオテクノロジーによって、「老化」や「死」が克服されるかもしれない。

 人間の老化が不可避的な運命ではなく、若返りが可能となる。

 バイオテクノロジーにより「能力増強(エンハンスメント)」される。

 平均寿命が100歳を超える「寿命革命」が起こる。


 ただし、これに対する反論もある。

 1.不公平性

 2.人生の退屈さ

 3.人格の同一性の欠如

 4.人口過剰

 5.健康維持費用の増大

 これらの課題を克服する必要がある。



 
 脳科学の研究では、他人を援助する道徳的な人と援助しない非道徳的な人の脳には、

 生化学的相違があることを明らかにしてきた。

 つまり、脳をみれば、犯罪者かどうかわかるようになる、かもしれない。

 そうなると、犯罪者となる可能性の高い人間を、あらかじめ隔離すべきか?

 政府は犯罪を行いそうな人を見つけ出し、「道徳ピル」を飲むように提案できるようになる。
 
 また、飲むことを拒否した人には、いつでも居場所がわかるようにGPSを取りつけることができる。

 ・・「1984」の世界の出現(>_<)

 

 IT革命とBT革命によって、

 「人間主義」が終わろうとしている・・って((+_+))





<目次>
第1章 世界の哲学者は今、何を考えているのか
・ポストモダン以後、哲学はどこへ向かうのか
・「真理」はどこにも存在しない
・人間消滅以後の世界をどう理解するのか
・道徳を脳科学によって説明する

第2章 IT革命は人類に何をもたらすのか
・人類史を変える二つの革命
・スマートフォンの存在論
・シノプティコン――多数による少数の監視
・ビッグデータと人工知能ルネサンス
・人工知能によって啓蒙される人類?

第3章 バイオテクノロジーは「人間」をどこに導くのか
・「ポストヒューマン」誕生への道
・人間のゲノム編集はなにを意味するのか
・クローン人間の哲学
・不老不死になることは幸せなのか
・犯罪者には道徳ピルを飲ませる?

第4章 資本主義は21世紀でも通用するのか
・近代が終わっても資本主義は終わらない?
・格差は本当に悪なのか
・自由主義のパラドックス
・フィンテック革命と金融資本主義の未来
・グローバリゼーションのトリレンマ

第5章 人類が宗教を捨てることはありえないのか
・多文化主義から宗教的転回へ
・多文化主義モデルか、社会統合モデルか
・宗教を科学的に理解する?
・グールドの相互非干渉の原理
・創造説とネオ無神論

第6章 人類は地球を守らなくてはいけないのか
・経済活動と環境保護は対立しない?
・環境プラグマティズムは何を主張しているのか
・地球温暖化対策の優先順位は?
・終末論を超えて
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岡本裕一朗「いま世界の哲学者が考えていること」




岡本裕一朗「いま世界の哲学者が考えていること」


 20世紀後半に起こった、人類史を決定的に展開させた2つの技術的な変化・・

 それは、BT(バイオテクノロジー)革命とIT革命である。


 まずは、IT革命についての考察から。


 
 「スマートフォンの存在論」・・

 かつてマーシャル・マクルーハンは「メディア論」において、

 書物の時代が終わり、映像や音声の時代になり、「書くことの時代」は終わった、といった。

 しかし、マウリツィオ・フェラーリスは、このマクルーハンの規定に意を唱え、

 「ドキュメント性」の概念を唱える。

 現代はむしろ、「書くことのブームへと向かっている」と考える。

≪「少しずつ、私たちは話すのをやめ、書き始めた。

 今や一日中書いている。」≫


 「ドキュメント性」の特徴には、以下の3つある。

 1.公共的なアクセス可能性

 2.消滅せずに生き残ること

 3.コピーを生み出せること


 「アラブの春」は、スマホで撮られた映像が全世界に拡散したことによって実現した。

 つまり、「IT革命が民主化を可能にした」ともみることができる。

 しかし、SNSは民主化のツールとだけみることはできない。

 民主化運動の中で撮影された映像は、同時に「監視の手段としても利用される」。

 
 私たちが日常的に利用している、各種カードやAmazon、Facebook、Googleなどの利用履歴は、

 日々、蓄積していく。

 その結果、「スーパー・パノプティコン」(ジェレミー・ベンサムが考案した

 監獄「パノプティコン」(一望監視施設))が出現する。

 かつての「パノプティコン」が、「監視する者」が向う側に控えており、

 「監視される者」は、個人的に特定され、その情報が蓄積された。

 それに対し、現代のデジタルな監視では、「監視される者」が誰であるかは問題にならず、

 「監視はいわば自動的に行われていく」。

 すなわち、私たちは「ITが生み出した自動監視社会」を生きることになる。 




 

 人工知能が人類にもたらすものは何か?


 チューリング・テスト・・人工知能が、人間のような知性(知能)を持っているか否かの判定を行う。


 しかし、チューリング・テストを超えても、人工知能には以下の課題がある。

 1つは、ジョン・サールの思考実験「中国語の部屋」。

 チューリング・テストは、問いの中身を理解しないまま、用意されたルール・ブックを基に回答

 するだけである。

 だから、チューリング・テストが完全にクリアできたとしても、コンピュータが人間のように心を持ち、

 理解することはできない。
 

 もう1つは、ダニエル・デネットが思考実験「フレーム問題」。

 人工知能が具体的な場面で行動を起こすときに、目的に関して関係のある結果と関係のない結果を、

 ロボットが見分けることはできない。
 
 ・・といいつつ、私たち自身、「フレーム問題」を解決してから、行動しているわけではない。

 もっといい加減なもの((+_+))



 
 レイ・カーツワイルは、「技術的特異点(シンギュラリティ)」という概念を提唱する。

 2045年には、人工知能が人間の知能を超える。

 その結果、アメリカの全雇用の47%がコンピュータによって失われる。

 
 ただし、「技術的失業」が起こったのは、歴史的に今回が初めてではない。

 19世紀初、「機械」によって、大量の失業が発生した。

 しかし、かつては「ルーティンな仕事」が奪われたのに対し、

 今回は、ホワイトカラーや医者・教師などにまで及ぶ。



 さらに、IoT(モノのインターネット)の導入により、「自律型の人工知能」は浸透する。
  
 その動向は、近代社会の未来に対して、アドルノとホルクハイマーが「啓蒙の弁証法」と名づけた

 世界が出現するのではないか。

「何故に人類は、真に人間的な状態に踏み入っていく代わりに、

 一種の新しい野蛮状態へと落ち込んでいくのか。」

 
 合理的な「啓蒙」が、やがて自分自身を否定するようになり、

 「反・啓蒙」である神話や暴力へと転化する。

 そんな世界が、「技術的特異点(シンギュラリティ)」の前後に出現するかもしれない(>_<)

 



<目次>
第1章 世界の哲学者は今、何を考えているのか
・ポストモダン以後、哲学はどこへ向かうのか
・「真理」はどこにも存在しない
・人間消滅以後の世界をどう理解するのか
・道徳を脳科学によって説明する

第2章 IT革命は人類に何をもたらすのか
・人類史を変える二つの革命
・スマートフォンの存在論
・シノプティコン――多数による少数の監視
・ビッグデータと人工知能ルネサンス
・人工知能によって啓蒙される人類?

第3章 バイオテクノロジーは「人間」をどこに導くのか
・「ポストヒューマン」誕生への道
・人間のゲノム編集はなにを意味するのか
・クローン人間の哲学
・不老不死になることは幸せなのか
・犯罪者には道徳ピルを飲ませる?

第4章 資本主義は21世紀でも通用するのか
・近代が終わっても資本主義は終わらない?
・格差は本当に悪なのか
・自由主義のパラドックス
・フィンテック革命と金融資本主義の未来
・グローバリゼーションのトリレンマ

第5章 人類が宗教を捨てることはありえないのか
・多文化主義から宗教的転回へ
・多文化主義モデルか、社会統合モデルか
・宗教を科学的に理解する?
・グールドの相互非干渉の原理
・創造説とネオ無神論

第6章 人類は地球を守らなくてはいけないのか
・経済活動と環境保護は対立しない?
・環境プラグマティズムは何を主張しているのか
・地球温暖化対策の優先順位は?
・終末論を超えて


岡本裕一朗「いま世界の哲学者が考えていること」

ダイヤモンド社

2016年刊



 冒頭、本書の問題意識を、フーコーの言葉で紹介されています。

≪「たった今進行しつつあることは何なのか、

 われわれの身に何が起ころうとしているのか、

 この世界、この時代、われわれが生きているまさにこの瞬間は、

 いったん何であるのか」ということであった。・・

 われわれは何者なのか・・歴史の特定の瞬間において。≫


 本書で取り扱うこと・・

1.哲学は現在、私たちに何を解明しているか?

2.IT革命は、私たちに何をもたらすか?

3.バイオテクノロジーは、私たちをどこに導くか?

4.資本主義制度に、私たちはどう向き合えばいいか?

5.宗教は、私たちの心や行動にどう影響をおよぼすか?

6.私たちを取り巻く環境は、どうなっているか?



 
 哲学史のおさらい・・

 17世紀、近代哲学が起こしたのは「認識(知識)論的転回」と呼ばれている。

 主観と客観の関係にもとづいた「意識」の分析に集中した。

 その後、19世紀末から20世紀初めにかけて、

 言語論的転回が引き起こされる。

 「言語」を分析することが、哲学の主要なテーマとなった。 

≪(言語的哲学とは)哲学の諸問題は言語を改革することによって、あるいはわれわれが

 現在使っている言語をよりいっそう理解することによって、解決ないし解消するという見解≫である。(リチャード・ローティ)


 21世紀におけるポスト「言語論的転回」・・

 1.自然主義的転回(認知科学的に「心」を考える)

  チャーチランド、クラーク

 2.メディア・技術論的転回(コミュニケーションの土台になる媒体・技術から考える)

  スティグレール、クレーマー

 3.実在論的転回(思考から独立した存在を考える)
  
  メイヤスー、ガブリエル



 まだ訳がないようですが、ガブリエルの『なぜ世界は存在しないのか』・・読んでみたいですね(^^♪








<目次>
第1章 世界の哲学者は今、何を考えているのか
・ポストモダン以後、哲学はどこへ向かうのか
・「真理」はどこにも存在しない
・人間消滅以後の世界をどう理解するのか
・道徳を脳科学によって説明する

第2章 IT革命は人類に何をもたらすのか
・人類史を変える二つの革命
・スマートフォンの存在論
・シノプティコン――多数による少数の監視
・ビッグデータと人工知能ルネサンス
・人工知能によって啓蒙される人類?

第3章 バイオテクノロジーは「人間」をどこに導くのか
・「ポストヒューマン」誕生への道
・人間のゲノム編集はなにを意味するのか
・クローン人間の哲学
・不老不死になることは幸せなのか
・犯罪者には道徳ピルを飲ませる?

第4章 資本主義は21世紀でも通用するのか
・近代が終わっても資本主義は終わらない?
・格差は本当に悪なのか
・自由主義のパラドックス
・フィンテック革命と金融資本主義の未来
・グローバリゼーションのトリレンマ

第5章 人類が宗教を捨てることはありえないのか
・多文化主義から宗教的転回へ
・多文化主義モデルか、社会統合モデルか
・宗教を科学的に理解する?
・グールドの相互非干渉の原理
・創造説とネオ無神論

第6章 人類は地球を守らなくてはいけないのか
・経済活動と環境保護は対立しない?
・環境プラグマティズムは何を主張しているのか
・地球温暖化対策の優先順位は?
・終末論を超えて

史上最強の哲学入門 東洋の哲人たち [ 飲茶 ]
飲茶「史上最強の哲学入門 東洋の哲人たち」(河出文庫)

2016年刊



 東洋哲学の本質、丸わかり。

 飲茶さん、素晴らしいです(^^♪





 西洋哲学は理解できる。もちろん西洋哲学も「難解」のイメージはあるが、

 それは「理解が難しい」のであって、「不可能」なのではない。

 しかし、東洋哲学は、どんなに時間と労力をかけて学ぼうと、むしろ時間と労力を

 かけるほど「理解」から遠のいていく。

 なぜなら、東洋哲学とは、「学ぶこと」では決して理解に達することはできないものであるから。




 西洋哲学が、「真理」に到達すべく、先人の論を乗り越え、より優れた論を求め、

 高みへ高みへと一歩ずつ登っていくイメージである。

 一方、東洋哲学は、ある日突然、「真理に到達した!」と言い放つ不遜な人間が現れ、

 その人の言葉や考え方を後世の人たちが学問としてまとめ上げたものであるといえる。




 西洋哲学が、「世界の根源とは何か」「絶対的に正しいことは何か」といった、

 「人間の外側」にある「何か」について考えた。

 一方、東洋哲学は、それとまったく異なり、「自己」という「人間の内側」にある

 「何か」について考えた。

 つまり、東洋と西洋は、「関心のベクトル(方向性)」がちょうど逆だったのである。






 東洋哲学が到達した「真理」とは何か。

 それは「自己(私)の本質」についての偉大な洞察である。

 しかし、この「真理」は、「知識」としてみんなで共有することができるものではなかった。



 だから、

 東洋哲学では、聞き手が「あなたの言っていることを理解した。わかった」と言ったとしても、

 「いや、おまえは、ホントウはわかっていないのだ」とその理解を否定するという

 ヘンテコな場面が生じる。

 なぜなら、東洋には、「知識として知っただけでは、ホントウにわかったことにはならない」

 と考える独特の風習があるからだ。



 つまり、東洋では、知識を持っていることも明晰に説明できることも、

 「知っている」ことの条件に含まれない。

 なぜなら、東洋では、「わかった!」「ああ、そうか!」といった体験を伴っていないかぎり、

 「知った」とは認めらないからだ。

 
 「体験というものは、原理的にいって他人に伝達不可能である」


 江頭いわく、

「生まれたときから目が見えない人に、空の青さを伝えるとき何て言えばいいんだ?

 こんな簡単なことさえ言葉にできない。だから俺、もっと頑張るよ」



 東洋哲学は、「頑張る」しかない。

 仏教における様々な戒律、禁欲的な生活規則などを守ったりして。

 しかし、そんな戒律で得られることはたかがしれている。

 戒律などは・・・ウソ、方便にすぎない。

 ウソも方便。でも、これこそが東洋哲学の本質である。

 「説明による伝達不可能性」という致命的な問題を抱える東洋哲学は、手段を選ばず

 「ウソ(方便)」という反則技を持ち込んだ。

 しかし、このウソは効果満点。人生が360度ひっくりかえってしまうほどに効いた。

 東洋哲学を、この「ウソ(方便)」に惑わされて、非科学的と単純に評してはならない。

 これらは、「体験的理解(悟りの境地)」を起こすために2500年かけて洗練され

 続けてきた人類の遺産、道具主義に基づく偉大な哲学体系なのである。







≪ある禅師が悟ったとき、周囲の人たちは彼にこんなことを聞いた。

 「悟るとどうなるのですか? 何が起こりましたか? まず何をしましたか?」

 その禅師はこう答えたと言う。



 「別に何も変わらなかったよ。ただ『茶』を一杯所望しただけさ。

  だってお茶を『飲』んで目を覚まし、いまを味わって生きる。

  それ以外ほかに何かすることがあるだろうか」≫





<目次>
第一章 インド哲学 「悟りの真理」・ヤージュニャヴァルキヤ、釈迦、龍樹
第二章 中国哲学  「タオの真理」・孔子、墨子、孟子、荀子、韓非子、老子、荘子
第三章 日本哲学  「禅の真理」・親鸞、栄西、道元、十牛図

世界一わかりやすい哲学の授業【電子書籍】[ 小川仁志 ]
小川仁志「世界一わかりやすい哲学の授業」

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2010年刊




ノージック『アナーキー・国家・ユートピア』・・

【送料無料】 アナーキー・国家・ユートピア 国家の正当性とその限界 / ロバート・ノージック 【単行本】

 ノージック・・リバタリアンの代表格。

 リバタリアニズムとは、個人の自由を最大に、国家の強制を最小というのが共通するスローガンである。

 自由至上主義とも訳される。

 
 国家は、あくまで治安・防衛・司法といった最小限の国家機能にとどめるべきだ、という

 「最小国家論」が、ノージックの立場である。



 リバタリアンは、必ずしも自由放任主義的な資本主義を万能視しているわけではない。

 個人の私的領域における自由こそが第一義的な意味を持っているのであり、

 自由主義と最小国家は、それを確保・維持するためのすぐれた手段にすぎない。


 自分の自由さえ守られていれば、ライフスタイルや共同体のあり方を禁止するわけでも

 奨励するわけでもない。




「最小国家は正当とみなされる。

 それ以上の拡張国家はすべて、人々の権利を侵害し、不当であるとみなされる」

 
 
 最小国家が、一種の「ユートピアの枠」として機能することを指摘する。

 自発的な交換や合意に基づく多様なユートピアの建設の試みを許容する「枠」を提供するのが、

 最小国家の役割である。


 ノージックによる、ロールズへの批判・・

 ロールズの原初状態にいる人が、格差原理を採用するとは限らない。

 彼はむしろ最低限の生活保証付きの平均的功利主義を選ぶだろうといった批判。

 ロールズの配分的正義論は、社会の中の財を、あたかも無主物のように扱っている。




<目次>
アリストテレス『ニコマコス倫理学』―幸福な毎日を送るための生き方とは?
デカルト『方法序説』―どうしたら自信がもてるようになるの?
ロック『人間知性論』―なぜ経験が大事なの?
ルソー『社会契約論』―みんなで物事を決めるにはどうすればいい?
カント『純粋理性批判』―自分の判断に迷ったときは?
キルケゴール『死に至る病』―絶望は克服できる?
マルクス『経済学・哲学草稿』―競争社会に疲れたら?
サルトル『実存主義とは何か』―自由に生きるってどういうこと?
レヴィナス『全体性と無限』―どうすれば他人を理解できる?
メルロ=ポンティ『知覚の現象学』―なぜ身体を大事にしなければならないの?
フーコー『監獄の誕生』―人から操られるのが嫌なら?
アーレント『人間の条件』―毎日を生き生きと過ごすためには?
ロールズ『正義論』―どうすれば人と分かち合える?
ノージック『アナーキー・国家・ユートピア―国はなんのためにあるの?
サンデル『リベラリズムと正義の限界』―結局一人では生きられないの?

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