花粉症&風邪&発熱・・・もしかしてインフルエンザ?!な一週間から
立ち直ったので、

 映画「ナイト・ミュージアム」に行って来ました。

 今年・・・といっても、まだ3ヶ月だし、映画館では10本目ぐらいなのですが、
 一番の快作でした!!! 

 
 完璧B級と思っていったのが良かったのか?、
 いい意味で裏切られました。


 主役のベン・スティラー、いいですね~。

 これまでも「メリーに首ったけ」や「ミート・ザ・ペアレンツ」等でもそうでしたが、

 滑稽で冴えないけれど一生懸命で憎めない役柄、ぴったりです。

 これで監督経験もあって芸達者ですね。

 日本でロードショー化されていない作品沢山ありそうなので、
 今後、ベン・スティラーの映画が放映されてほしい、と期待するのでした。

 
 強力な脇役?は、ロビン・ウィリアムス。
 「ラリー、リラックス! アイム、ワックス(蝋人形)」って、シャレ・・健在でした。



 話は、博物館の夜・・の出来事ですが、まあ、それはそれ。

 館内、ハラハラドキドキ・・・笑い声が絶えず起こり、
 最後はしみじみして・・・エンディング終了まで
 最後まで誰も席を立ちませんでした。


 ところで・・・
 夜の博物館や美術館・・って興味はあるものの、
 やっぱりちょっと怖いですね~。

 名曲「メトロポリタン・ミュージアム」みたいに、

 ♪閉じ込められた!・・ら、大変です!




帰りに、本屋さんで、ノベライズ本を手に取ったら、
ちょっと表現が違っていたので、楽しみに続きに読んでみたい。 


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Capital Mysteries2


英語100万語/Ron Roy/その2

Kidnapped at the Capital

ロン・ロイさん、Capital Mysteriesシリーズの2作目。


 1作目で知り合った大統領に、KCとKCのお母さん、Marshall君の
3人が航空宇宙博物館の式典に招かれる。
 が、いきなり大統領とKCのお母さんが、誘拐される?!
 山ほどいるシークレト・サービスは何してたの?というつっこみは
置いておいて・・。

 おやっ、と思う単語知らないことに気づきます。

janitor
用務員、清掃作業員

janitor's room
守衛室

chaperon シャペロウン、シャペロン
お目付役、監視人

 博物館等で子供たちの付き添いの人。

I'm doomed. ああ絶望的だ。/もう破滅だ。

Capital Mysteries 


英語100万語/Ron Roy/Capital Mysteries その1

Who Cloned the President?


 名作「A to Z Mysteries」シリーズの作者、ロン・ロイさんの
新シリーズ、「Capital Mysteries」シリーズです。

 舞台は、合衆国の首都、Washington DC。

 主人公は、KCことKatherine Christineという少女と、
同じマンションに住むMarshall君の二人。

 週末の宿題としては、歴代の大統領に関するレポートを書くことになった二人が、
帰宅後、テレビをつけると大統領の記者会見シーン。
 いつも左手で署名するはずの大統領が、右手が書いている・・なんかおかしい?!

 クローンではないか??

 と疑問に思うと同時に早速、ホワイトハウスへ乗り込むというお話。


対象は、「A to Z Mysteries」シリーズと同じく
9才から12才向けですが、
より低学年向けのような・・・

そして、イラストが・・とってもへんてこ?

まあ、いつものごとく気にせずに楽しもうと思います。



 英語100万語/Ron Roy/ A to Z Mysteries その5

今週は、絶不調・・・

というか、一休み、といったところ。

花粉症がひどかったせいか、
目と鼻がぐしょぐしょに加えて、発熱中・・・開店休業状態。

明日まで頑張って、来週から出直し予定。


 ジョン・ベントリーさんの「珠玉のプログラミング」にある
頭の体操・・・なぞなぞを一つ。

宇宙旅行のパイオニアは、宇宙空間という特殊環境下でも役に立つ
 筆記用具が必要だと考えました。
 アメリカ航空宇宙局(NASA)は、このため百万ドルかけて
 特別なペンを開発したという話です。
 
 同じ問題を旧ソビエト連邦はどのように解決したと言われているか
 知っていますか。











「ファインマンさん 最後の授業」

作者は、レナード・ムロディナウさん(Leonard Mlodinow)。

訳は、安平文子さん。

メディアファクトリーの刊。


 本の帯に、
 「なぜデカルトは虹を研究したと思う?

  虹を美しいと思ったからだよ。


 という惹句があったので、つい手に取りました。



 リチャード・ファインマンさんが末期がんに侵された最晩年に、
いわゆる新入社員としてカルテクに入った著者との対話の記録。

 レナード・ムロディナウさん自身、カリフォルニア工科大学(カルテク)に特別研究員として着任した
新進気鋭の学者であったが、
 当時のカルテクがMITの5分の1の陣容で、ノーベル賞が受賞者を20名と同じ人数を輩出するレベルの集団であり、その中で、研究者として新しいチャレンジをどうしていけばよいのか悩む。

 向かいの部屋に住む同僚となったファインマンさんにおりにふれて問うのですが、
それに対するファインマンさんの受け答えが、とっても良い。


 科学者になれるような特別な素質があるか?

 「科学者を、そんなに難しく考えるなよ。
  普通の人と科学者の間には、さほどの違いはないのさ。
  芸術家とか詩人なら話は別だけど。まあ、僕は芸術家も詩人も普通の人と変わらないんじゃないか、と思っているけどね。
  日々の普通の暮らしの中にも、科学者がやってるような“思考”の作業はうんとあるだろ?
  
  物を組み立てて、日常の世界で結果を出すのは誰もがやってることさ。
  その場に存在しなかったものを作り出す。絵を描くとか、文章を書くとか。
  科学理論を生み出すのも、それと同じだよ。
  日常生活で何かを生み出す過程のほうが、何か劣るとでも思うのか?
  僕には、普段の暮らしと科学者の研究に大きな違いがあるとは思えないな。」


 「科学者が普通じゃないとしたら、それは徹底的にやるっていうところだね。
  一つの限られたテーマについて、何年にもわたって研究を重ねていくからね。」


 また、研究にあたっての心理学的な態度として、
 取り組んでいるその問題に対して「インコースを走っているっていう自信」を持つこと。

 「なぜ、そうまでするかというとね、問題が困難な場合、長い時間をかけて
  我慢強くやりぬかなくちゃいけないだろ?
  そのためには、必死になって研究する価値がある、きっと結果を出せる、
  と信じないとやってられないからなんだよ。
  自分をちょっとだましてるみたいになるんだな。」 


 途中、まだ認められる前の「ひも理論」に興味を抱きつつ、
「ひも理論」の説明はよくわからないまま・・なものの、
それを自分の専門としてよいのか悩む様子などは、
いずこも同じ、と思いました。


温かくなった一方、
週末から、花粉症が厳しいです。

目も鼻もぐしゅぐしゅ・・・・。


マイケル・A・クスマノの「ソフトウエア企業の競争戦略」
を読み始める。

 まだ、読み始めたばっかりなので、どこに行くのやらわかりませんが、
 冒頭の欧・米・日毎のソフトウェア産業事情を踏まえた分析が、
改めて整理して見せられると、なるほど~と面白いので、ひとまず紹介します。

 欧・米・日の企業の特徴

 欧州企業:
  米国企業と並んで、コンピュータ設計に関して多くの発明を行ってきたパイオニア。
  ソフトウェアを「科学」として扱う傾向がある。
  その理由は、コンピュータ・サイエンス(特に、プログラム言語と設計原理分野)で、
  非常に素晴らしい大学教育を実施しているから。

  WWWを発明したティムさんのように利益よりは、「ソフトウェア設計における美
  を達成することに多くの力を注いでいる」

 日本企業:
 「日本のコンピュータメーカーやソフトウェア企業が、あらゆる種類のアプリケーション
  用プログラムを書ける高度な技術をもっていることは、リアルタイムの金融システムから、
  故障のない新幹線の制御システムと予約システム、さらにテレビゲームにいたるまで、
  さまざまな事例が証明している。

  しかしこうしたシステムのの多くは、特定の顧客専用につくられたものであり、
  設計上のイノベーションと言えるようなものはほとんどない。

  ・・

  また、日本は基礎研究や大学教育に対して十分な投資を行っていない。
  コンピュータや情報システムに関して、比較的貧弱な大学教育しか行ってこなかった。
  
  ・・

  したがって、・・メジャーなソフトウェア企業は、従業員の大部分をOJTで教育
  しなければならず、その結果、ソフトウェア開発は主に、製品製造過程での課題の一つ
  として扱われるようになった。」

  そして、
  経験則、プロセス上の統制、コンピュータ支援ツール等、そして、マンパワーによる
  「ソフトウェア・ファクトリー」によって、  
  大規模システム開発に取り組んできた。

 「この手法で製造されたソフトウェアは、ハードウェアの販売や基本的な作業を
  こなしたり、第三バージョン、第四バージョンの類似のカスタム・システムを、
  以前よりも少しは安く簡単に構築したりするのには都合が良い。

  しかし、それが世界を変えることはないし、だれかが大富豪になるということもない。


 米国企業:
 「米国人ほどソフトウェアをビジネスとしてとらえている国民はほかにはいまい。

  米国人は、ソフトウェア技術を、ソフトウェア企業設立のための手段だと思っている。

  会社をつくって「まあまあ良質」の製品を作り、業界標準を打ち立て、その過程で
  大儲けしようというわけである。
 
  ・・

  ソフトウェアのプログラミングは、米国人にとっても科学である。
  欧州と同様、優れた大学やコンピュータ科学者がいる。」


 と3者を比較して説明されると、日本の状況がよりはっきり理解できると思いますが、
いかがでしょうか。

 クスマノさん、日本に7年ほど在住された経験があるそうですが、
 日本の有力なソフト分野であるテレビゲーム産業が得意な理由として、
 
 「日本人は、子供から大人までマンガが大好きな国民なので、ゲーム分野が得意なので
  はないかと思われる

 
 というような目が点になるようなコメントもあって、楽しい。




複雑系

ミッチェル・ワールドロップ「複雑系―科学革命の震源地・サンタフェ研究所の天才たち」

M・ミッチェル・ワールドロップ


訳は、田中三彦さん・遠山峻征さん。


 Mitchell M. Waldrop
 Complexity: The Emerging Science at the Edge of Order and Chaos


 原著は1992年刊。日本語版は1996年刊。

 原著で380ページですが、日本語版は単行本で520ページ、文庫だと680ページ・・・
 と、倍になってしまいます。

 こういう本、なかなか訳出して出版されないので、貴重だし、訳書としてもほんとに労作だと思います。


 ワールドロップさん、2002年には、
 「The Dream Machine: J.C.R. Licklider and the Revolution That Made Computing Personal」
 を出されていますが、まだ日本語訳出てませんね~。
 というか、原著で512ページなので、日本語版だと、350ページ・2冊・・・う~む、厳しい。
 ペーパーバックの中古本だと500円で手に入るので・・・、そちらを読むように、ということでしょうか?!


 
 閑話休題。


 これまでの物理・生物・経済等の個別科学へのアプローチ方法が、「還元主義手法」であったことに対して、
 
 「複雑系」・・「複雑適応系」は、学際的・統合的なアプローチをとること。

 前者が、閉じられた世界の中での、収穫逓減、静的均衡、完全合理性としたモデルなのに対し、

 後者は、開かれた世界における、収穫逓増、限定合理性、進化と学習のダイナミクスなモデル。


 複雑性とは、自己組織化・・・「システムの構成物が相互作用する無数の可能な状態」の中にあること。



 米国において、ダーウィンの進化論を授業で教えることに対して、
 保守的な州では、
 キリスト教側から、同時に天地創造論を合わせて教えるべき、との立法化の動きがありましたが、
 当時、米国のノーベル賞科学者の全員の署名を提出等してなんとか廃案としたこと。
 
 ただ、この問題は根が深くて、進化の根拠が、すべてが単なる偶然の積み重ねの産物であることには
 常識的な人でも納得しがたいこと。
 実際、単純な分子の生成でさえ、単純な組み合わせを試行するだけだと、
 ビッグバンから今日までの時間をかけても到達できないこと。

 その答えを埋める理由が、
 「創発 」「自己組織化」「自己触媒」であり、
 その結果、「収穫逓増の法則」「ロックオン」・・・・「バタフライ効果(「北京で蝶が羽ばたくと、ニューヨークで嵐が起こる」)」等の現象が生じること。
 


 第4章から第6章は、レビーさんの「人工生命」で、おなじみのカウフマン、ホランド、ラングトンさんらが
登場します。

 スティーブン・レビー「人工生命」・・・生命とは何か


 本の読む順序としては、レビーさんの「人工生命」を先に読む方が良いと思います。
 図や写真が豊富で、セル・オートマトンや自己組織化の実例がわかるので。 


<目次> 
第1章 アイルランド的ヒーロー
第2章 老年急進派の反乱
第3章 悪魔の秘密
第4章 君ら、本当にそんなこと信じてるのかね?
第5章 遊戯名人
第6章 生命はカオスの縁に
第7章 ガラス箱のなかの経済
第8章 カルノーを待ちながら
第9章 その後のサンタフェ研究所

 昨日から一段とひどくなった・・花粉症。
 体が、風邪と勘違いしたのか、発熱中・・・なので、
 抗生物質飲みながら、だましだましの状態です。

 ワールドロップさんの「複雑系」を読んでいるのですが、
 クリス・ラングトンさんが、ハンググライダーで墜落し、
 背骨以外の手足、顔面を含む全身を骨折し・・・、14回以上の手術を繰り返し、
それでも、不死鳥の如く復活し、28歳で大学2年生となって、
「人工生命」の分野を立ち上げようとしているところ・・
 すごい話だな~と思いますが、頭が熱ぼったくて、中断。


 と思っていたところに、

 
君と会えたから
喜多川泰さんの「君と会えたから・・」
が届く。

 先日、japantnさんのブログで、

 「今年最高の一冊でした♪

  こうした本との出会いがあるからやめられませんね。」

 涙を隠しながら仙台駅に降り立った、とあったので、
 ぜひ読まねば、と思っていました。 


 最初は、ある夏の男子高校生の前に現れた一人の少女との淡い初恋・・
 みたいな感じだったのですが、

 自己啓発本の体裁を採らず、小説の形式を採ったことで、
 言葉がすっーっと、心に落ちました。


 ハルカという少女が・・・主人公ヨウスケに対し、

 父親から教わったという教えを伝えるのですが、
 
 内容はもちろんのこと、

 その表現も、生まれてくる子どもへの愛情に満ちていて、

 素晴らしい!


 その根っこには、

 人生で約束されていることは、たった一つしかない。

 今日と同じ明日が、必ずあるわけではない。

 だから、今日を精一杯生きよう。


 自分の欲しいものを手に入れるために、ライフリストを作ることの大切さが言われますが、

 「ギブ」(くれくれ君)リストだけではなく、

 「テイク」(何をしてあげられるか)リストをあわせて作ること。

 「テイク」リストを、日々実現する結果として、「ギブ」リストが達成されていくこと。


 できないという先入観を捨てる・・
 
 「昨日までできなかったことを理由に、
  自分は一生それができない人間だと決めつけてしまうの。

  昨日までできなかったという事実が、今日もできないという理由になんかならないのよ。

  ・・・人間は日々成長して変わっているんだから。
・・」


 魅力溢れる人になる

  欠点を隠そうとするのではなく、自分の内面に明かりを灯せ。
  そうすれば、欠点と思ったすき間から漏れた、明かりの温かさを周りの人が気づくだろうから、
  という考えも良いですね~。

  だから、ことあるごとにこう自問自答せよ。
  「今の自分の中には、外に漏れるくらい明るい光が煌々と燃えているか。」と。

 トム・デマルコさんの「デマルコ大いに語る―ソフトウェア24の閃きと冴え」

にある冒頭の一文です。


 「なぜソフトウェアはこんなに高くつくのか」

 日々の見積りの中で、必ず尋ねられるこの問いに対し、
 50年前から、ソフトウェア産業を、文字通りゼロから立ち上げた
デマルコさんの後輩に向かってのアドバイス。



 「なぜソフトウェアはこんなに高くつくのか」
 
 ジェリー・ワインバーグさんなら、

 「何と比べてか?

 と問い直せ。


 そして、この問いを尋ねる人は、
 「はなっから答えなど期待していない」
 
 これは問いではなく、「単なる独断」である。

 
 彼らの不満は、
 「そうすればわたしたちがせっせと仕事に励むのを知っているからだ。」

 この不満じみた問いは、「コスト削減という目論見の一環」である、と。


 「ソフトウェア開発の作業はおおかた圧縮不可能である。
  ・・・
  何ヶ月にもわたる残業は、進捗しているという錯覚をもたらすだけだ。
  残業による見かけの進捗は、しっぺ返しの
  「時短」や「燃え尽き」や「幻滅」あるいは「消耗」や「退職」
  で帳消しにされてしまう。」

 そして、
 
 「圧力が嵩じると、ただ一つ残った選択肢は、
  スピードのかわりに品質を落とすしかなくなる。」

 「短期間だけなら、品質を犠牲にしてスピードを採るのは効くケースがある。
  数度の戦闘には勝てるかもしれないが、しかし決して戦争には勝てっこないのだ。」


 プロジェクトのファクターは、
 納期・品質・コスト・・・とありますが、
 品質なくして、残りは何もないこと。

 適正な利潤なくして、その品質も担保できないこと。


 だから、
 これからは、

 「なぜソフトウェアはこんなに高くつくのか」

 と訊かれたら、

 「わたしたちのどんな振る舞いが

  「今日のソフトウェアをこんなに安上りにしたのだろうか」」と問え、と。


 顧客に直接言える言葉ではありませんが、
 考えてみてもよいのでは、と思います。




 昨夜、ダメもとでレンタル屋さんを覗いたら、
 返却されたばかりの棚に、
 「地下鉄(メトロ)に乗って」のDVDがありました、ついてる!


 ちなみに、今日は、地下鉄、メトロは・・・東西線、三田線、都営浅草線に乗りました(^_^)
 

 地下鉄の駅の出口をでると、そこは昭和39年の東京だった・・り、
 終戦直後の東京だったり、終戦直前の満州の荒野だったり・・。
 


 原作との差で・・・おそらくカットされたシーンが多かったためか、
 ちょっと酷評されている方もいましたが、なかなか良かったです。


 主人公、長谷部真次を演じる堤真一さん、
 薄幸そうな雰囲気をたたえるみち子役の岡本綾さん、
 お時役の常盤貴子さん、
 どのキャストもとても良かったです。
   
 中でも、大沢たかおさん、青年から父親、老人まで、幅広く芸達者でした。


 隠喩として使われている「罪と罰」の文庫本は、
 誰にとっての罪と罰なのか、ちょっと考えさせられました。


 ラストに流れる、salyuの「プラットホーム」も
 いつまでの耳に残りました。

 ♪あの頃は 夢の向こうに見えて



 以下、ちょっとネタバレ。

 映画の中に、浅田次郎さん、出てましたね~。
 1回目見た時は、気づきませんでしたが、
 改めて見ると、ゆったりと珈琲を飲んでらっしゃいました。


 過去の時代のセットが、いかにも安物のセットに見えたのが、残念。
 東京メトロさん、もうちょっとスポンサー料を奮発してもよかったのでは?!


 田中泯扮する野平先生が、50年の歳月、過去と現実を結びつけていました。


 やっぱり最後の、みち子の選択・・・原作通りなんですが、
 母親のお時に対して、もうちょっと正体を明かしても良かったのでは、と思います。
 「ごめんなさい」だけじゃ、何を謝られたのか、わからないだろうし。
 
 でも、この選択の結果、
 自分の存在の代わりに、
 この映画に出てきた全ての女の人(真次の妻、真次の母、お時)を幸せにしたのかもな~、
 と思いました。



<キャスト>
長谷部真次 : 堤真一
軽部みち子 : 岡本綾
小沼佐吉  : 大沢たかお
お時    : 常盤貴子
小沼昭一  : 北条隆博
小沼真次  : 崎本大海
野平先生  : 田中泯


 小説 浅田次郎「地下鉄に乗って」

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