街場の中国論

内田樹「街場の中国論」


 本書、神戸女学院の大学院のゼミでの講義を基にしたもの。

 中国問題の専門家がいないゼミで・・途中、広州外語外貿大学の丁国旗さんの参画あるものの、
 
 基本、ゼミの各回毎に選ばれたテーマについて、学生たちが調べて発表した報告に対して、

 内田先生が講義するという形式・・のようです。


 他の著作ではあまり気にならなかったのですが、

 中国側の態度・対応に対する説明は、ご自身の結論に導くためにする

 アクロバティックな論理展開に感じるところが散見されたのが、意外でした。

 ・・と書きつつ、日中間が良好な関係であるための相互理解・・については

 異論はないのでした。


○中国人はなぜ日本の侵略ばかり思い出すのか?

 中国は、中華思想、華夷秩序の国・・

 中国からみると日本は、「東夷」にあたる。その日本が先に近代化を成し遂げたという
 
 「日本に対する中国人の意識の屈折」があるため。

 その屈折が典型的に示されるのが、中国人の近代史理解である、と。

 中国の近代史は列強による侵略の歴史である。

 一番ひどいことをしたのはイギリス・・

 その後、フランス、ドイツ、ロシア、アメリカらの帝国主義的な強盗団が押し寄せた。


 ところで、イギリスが、中国に侵略の事実を謝罪したことはない。他国も同様・・

 教科書だって、フランスの歴史教科書には、仏領インドシナのことは一行も書かれておらず、

 他国も同様・・
 
 とすると、日本の教科書の方がまだしも良心的。

 なのに、最後に来た日本だけが、教科書問題や靖国参拝の都度、非難される。


 このことをトータルで考えると、

「日本に対しては中国の側に、日本を批判することには心理的な抑圧が働いていない」

 ということではないか、と。


 一方、アメリカに対しては、100年前のアメリカ西部における

 「隠蔽された中国人の歴史」・・・大陸横断鉄道の枕木一本毎に、中国人一人の命が

 亡くなっている・・そこまでの過酷な労働を強いられたという歴史があり、

 イギリスに対しては、アヘン戦争後、100年間も居座られ続けた侵略と差別の歴史の前に、

 「内心に深い恨みを含んではいるけれど、政治的抑圧がかかって、

  それを意識化することができない」状態にある。

 それに比べれば、抑圧がないので公然と意識化できる・・

 中国人が本音の対日感情を吐露できるのは「健全」であるという考え方もできる、と。


 



<目次>
第1講 チャイナ・リスク----誰が十三億人を統治できるのか?
第2講 中国の「脱亜入欧」----どうしてホワイトハウスは首相の靖国参拝を止めないのか?
第3講 中華思想----ナショナリズムではない自民族中心主義
第4講 もしもアヘン戦争がなかったなら----日中の近代化比較
第5講 文化大革命----無責任な言説を思い出す
第6講 東西の文化交流----ファンタジーがもたらしたもの
第7講 中国の環境問題----このままなら破局?
第8講 台湾----重要な外交カードなのに......
第9講 中国の愛国教育----やっぱりよくわからない
第10講 留日学生に見る愛国ナショナリズム----人類館問題をめぐって




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石焼ビビンバ

今日のランチは、石焼ビビンバ・・でした。


今週の仕事も、無事・・終了。

・・今日は終電の一本前だったのですが、最寄り駅についたら

 定期券がないことに気づきました。

 思い当たる節を探すと・・

 朝、定期券で入場し、パスモで精算して下車する時に、取り忘れた・・ようでした。

 (帰宅時は、パスモで入場したので気づかず・・)

 明日の朝、地下鉄の当該駅に電話してみようと思っています。

 う~む、ちょっと抜けてるな~ڤ
 

ところで、

今週は、ほんとひさしぶりに、全日午前様の帰宅でした。

でも、幸いなことに、オフィスの都合で、明日からは3連休になりましたޥ



PS

 さっき駅へ電話したら、

 定期券は、無事、親切な方に届けられていました。

 ついてる・・いえ、感謝でしたޥ


私家版・ユダヤ文化論

内田樹「私家版・ユダヤ文化論」・・なぜユダヤ人は迫害されるのか


 「なぜユダヤ人は迫害されるのか」


 この問いに対する答えとして、

 政治的に正しいのは、「ユダヤ人迫害には根拠がない」と答えること。

 一方、「ユダヤ人迫害にはそれなりの理由がある」と答えるのは政治的に正しくない答え

 であり、反ユダヤ主義者は、過去2千年にわたってユダヤ人を隔離し、差別し、追放し、虐待してきた。


 「ユダヤ人迫害には根拠がない」といい続けても、迫害がなくならない状況に対して、

 問いのレベルを1つ上げてみることを提案する。

 つまり、「反ユダヤ主義には理由があると信じている人間がいることには理由がある。

 その理由は何か?」と問え、と。



 ところで、ユダヤ人とは誰のことか?

 「ユダヤ人は国民ではない。ユダヤ人は人種ではない。ユダヤ人はユダヤ教徒のことでもない。」

 だから、反ユダヤ主義からみて、

 「おまえはユダヤ人だ。なぜなら「おまえはユダヤ人だ」と私が宣言したからである。

  証明終わり。」・・という同語反復しか定義されなかった。

 ・・・なんと馬鹿な???


 でも、この理屈で、エドゥアール・ドリュモンによって書かれたのが、

 1200ページの大著「ユダヤ的フランス」であり、

 19世紀最大のベストセラーとなった。

 この本の中で、ドリュモンは、このユダヤ人の支配する世界において抑圧されているのは

 マルクス主義が語るのと同じ、プロレタリアートであるという。

 しかし、プロレタリアートは、抑圧されているがゆえに力を失っており、

 プロレタリアートに力を貸す騎士道精神に溢れた人物の登場を予言する。

 そして、この本を読んで、わがことのように思った青年が、モレス侯爵であり・・

 のちに、私設の突撃隊「モレス盟友団」を結成し、世界最初のファシスト武闘組織が誕生させる。

 その40年後、「私はユダヤ人問題の「最終的解決」の方法を知っている」といって

 ヒトラーが登場する。



 サルトルは、ユダヤ人問題への対してこういう。

 ユダヤ人は反ユダヤ主義者が作り出したものである。

 だから反ユダヤ主義者を一掃すれば自動的にユダヤ人も一掃される、と。
 

 でも、反ユダヤ主義者を一掃する方法も、対象も、明確にならず、

 現在も、ユダヤ人問題は解決されていない。


 
 ふつう問題に対しては、白黒をはっきりさせたくなる衝動にかられますが、

 この問題について、気持ち悪さとともに生き続ける、というのが

 この問いに付き合う一つの答えなのかもしれません。



 ユダヤ人問題を考えることを通して、

 ことはユダヤ人問題だけではなく、

 ステレロタイプに流れてしまう思考パターンについての反省、問い直しも迫られています。



<目次>
第1章 ユダヤ人とは誰のことか?
(ユダヤ人を結びつけるもの
 ユダヤ人は誰ではないのか?
 ユダヤ人は反ユダヤ主義者が「創造」したという定説について)
第2章 日本人とユダヤ人
(日猶同祖論
 『シオン賢者の議定書』と日本人)
第3章 反ユダヤ主義の生理と病理
(善人の陰謀史観
 フランス革命と陰謀史観 ほか)
終章 終わらない反ユダヤ主義
(「わけのわからない話」
 未来学者の描く不思議な未来 ほか)



カキフライ定食


秋になったので・・カキの季節!

定食屋さんにも、カキフライ定食が出始めました。

今日は、カキが5個でした。

・・ちなみに、近所の定食屋さんだと、3個と大粒!

5個~6個ぐらいが食べやすいです。

午後、近所を散歩していたら、

猫

猫の親子が、車のボンネットでお昼寝中・・


アップしてみると、

猫


とっても気持ち良さそう・・


そうだ、「グーグーだって猫である」見に行こう!

と決める。


グーグーだって猫である

映画は、吉祥寺、井の頭公園の風景紹介・・

 出会いと別れ・・

 特に、ドッグイヤーならぬキャットイヤーの視点でみると、

 映画の最初に死に別れた15歳の飼い猫の年齢は、なんと76歳!

 (・・毎朝お見送りしてくれる近所の子猫は、生後6ヶ月・・でも、すでに9歳でした)


 猫の立場にたった生老病死を通して、

 人間に引き戻して考えさせられる作品でした・・


 




DCM Japanホールディングス

株主優待到着 じゃがいもセット DCM Japanホールディングス(株)

 
 DCM Japanホールディングスさんから、

 じゃがいも到着。

 昨日、やっと受け取りました。

 10キロ・・メークイン、男爵、北あかりの3種類のじゃがいもセット

 今朝、それぞれ1個ずつ、じゃがバターにしていただきましたが、

 とっても美味しい。

 
 ・・休日は、当分じゃがいもが続きそうです。



 保有株の株価は、華々しく下がっていますが、

 いま見たら、ここは結構健闘していました



3050 DCM Japanホールディングス(株)
権利確定月 2月末日
100株以上 「特産品」の贈呈
※ 優待予定品(下記4品よりどれか1品を選択していただきます)
・北海道産「じゃがいも 10Kg」
・愛知「老舗秘伝の味ウィンナーセット」
・愛媛産「ハウスみかん」
・北海道、愛知、愛媛「お国自慢カレーセット」
※ 選択された品物により発送時期が異なります。
また、都合により、品物が変更される場合があります。


ルネ・ジラール「世の初めから隠されていること」その2


 ルネ・ジラール「世の初めから隠されていること」

 メモの続き・・

 
第4章以降


 供犠、リンチ・・に対する対応

 ・徹底的な消去

 ・積極的に認められた消去

 ・消去されたものの消極的な暗示的意味(コノタシヨン)
 

「おめでたい楽天主義や敬虔な祈願などに頼っている場合では絶対にありません。

 現実の批判を徹底的に、行き過ぎぐらいに行い、

 宗教的文化的な欺瞞を最終的に一つ残らず脱=構築してしまえば、

 必ず供犠という手段をどこまでも根こそぎにすることができます。」



「真の人間科学の急激な進展は、われわれを長いあいだ欺きつづけてきた

 科学万能主義のイデオロギー的な雰囲気とはまったくちがう、

 また19世紀の人間をたぶらかしつづけた素朴なユートピアの実現の予告

 ともまったくちがう、根本的に別な雰囲気のなかにわれわれを導きいれます。」



 「私は口を開いてたとえを話し、

  世の初めから隠されていることを、声を上げて言おう。」

             「マタイ、13の35」



「ギリシアの「ロゴス」とキリスト教の「ロゴス」との間には、

 現実に本質的な差異がありますが、その差異は必然的に暴力の面にあらわれます。」



ハイデガーは西欧思想において、

「ギリシアの「ロゴス」がすべてであり、キリスト教の「ロゴス」は何ものでもないことを示して、

 二つの「ロゴス」の分離に成功しました。

 ハイデガーはそれ以降徹底した排除を、ある意味ではこれまでにも徹底していた排除を、

 法的に確認したことになります。

 なぜなら排除は、キリスト教の供犠の定義にもとづいて、すでに徹底的に行われていたことなのですから。」


「聖書全体を新約聖書に照らして明らかにし、真のキリスト研究に照らして読みなおすためには、

 真理の「みことば」(ロゴス)のうちに、人間の手によって常に排除されてきた身代わりの

 犠牲者という知恵を認めねばならないという考え方 - と一致します。

 こうした認識が得られないかぎり、旧約聖書と新約聖書を統一する客観的な関係を

 合理的に理解することは、いつまでたってもできません。」



「私は空疎なことばだけで満足することは拒否すべきだと思います。」

 ・フロイトや精神分析学派にとっての 身代わりのヤギである、父親やおきて

 ・マルクスにとっての 身代わりのヤギである、ブルジョワや資本家

 ・ニーチェにとっての 身代わりのヤギである、奴隷の道徳や他者へのルサンティマン



「欲望とは、人間関係に、もう犠牲者による解決が得られなくなったとき、

 したがってこの解決をもたらしうるほんとうに全員一致の一つの極への集中作用が

 起こらなくなったときに、やってくるものです。」



「・・暴力の「ロゴス」とヨハネによる福音書の「ロゴス」のあいだに、

 人間の利益になるような相関的な連続性が存在することは、たしかに一つの謎、

 それも小さいとはいえない謎です。」



これまでしてきた説明は、

「・・いまわれわれに開かれている唯一の道、

 だれひとりも排除することもなく暴力にはもう一切にたよることもないような唯一の和解の道を、

 だれにもわかるようにするためなのです。」




世の初めから隠されていること



世の初めから隠されていること

ルネ・ジラール「世の初めから隠されていること」

訳は、小池健男。


 松岡正剛「誰も知らない 世界と日本のまちがい 自由と国家と資本主義」

 を、1月に読んで以来、いつか読みたい、と思っていながら、

 その分厚さにためらっていたのですが、今週から執務場所が変わり、

 通勤時間がこれまでの1時間から、1時間半に延びてしまったのを機会に

 手にとってみました。



 本書、ルネ・ジラールに対して、ウグルリヤン、ルフォールのお二人が質問を投げかけ、

 ジラールが答えるかたちの鼎談。

 ジラールが「暴力と聖なるもの」で明らかにした

 「世の初めから隠されていること」・・共同体維持・成長のために必要・必然とされる

 「暴力」・・その表現の一つである「供犠」「禁忌」についての確認作業からスタート

 します。

 この「暴力」「供犠」「禁忌」などの宗教原理を無視した社会の考察・・

 人類学や民俗学、動物行動学の理解は浅薄であり、

 頭の中だけで理屈付けを図ろうとする哲学プロパーの思考には限界がある、とばっさり。
 


 訳者あとがきに、本書の理解のためには、ニーチェとハイデガー、ドストエフスキーと
 
 プルースト、そしてデリダを読んでいること・・これは訳者の立場として苦労されたこと

 の表明だと思いますが、読者の立場としても同様に思いました。

 その証拠に、ドストエフスキー「永遠の夫」の解釈の一節は、読んでいるだけに他の箇所と異なって、

 よくわかったので。


 また、本書中盤での「暴力」「供犠」の原理と、キリスト教の原理が異なること。

 したがって、イエスの死などを「供犠」ではなく

 「非供犠」的に理解しなければ、整合がとれた聖書の解釈ができない・・という指摘などは、

 旧約・新約聖書を理解していないと字句通りにしかわからないのでした。


 でも、その理解の浅さを割り引いても、この本、実に面白いです。

 これまで、世界を理解する方法は3つある。

 お金・・経済学、性・・心理学、そして、芸術・宗教・・という切り口があると理解していましたが、

 ジラールによると、そんな対象から出発する解釈・・なんてご都合主義でダメダメ、

 マルクス主義もフロイトも、まことに中途半端・・

 根源、原理にさかのぼって考えようとしていない、と。

 
 
 読後、本書の不気味なところは、

 「暴力」「供犠」「禁忌」の原理・・現代社会でも、国際政治においても

 しっかりと息づいていること。

 それによって、共同体維持・成長が図られていることを忘れてはならない、

 ということでした。
 

 

**以下、メモ

「レヴィ=ストロースが明言しているように、

 言語と同じく文化の所与も、互いに切り離されていては何の意味もないような記号群から

 成り立っています。記号は相互に意味を与えあうものです。

 記号は内的な一貫性を持つさまざまな体系を形成し、その内的な一貫性がそれぞれの文化それぞれの制度に、
 特有の個性を与えるのです。

 それこそ民俗学者が明らかにしなければならないものです。」


○「真似」について

「プラトンの示す例は、ある行動、方法、個人または集団の慣習、ことば、話し方、

 要するにいつでも「表現」に関するものに限られているのです。

 プラトンの問題提起では、横取り(アプロプリアシヨン)の行動はけっして問題にされません。

 でもそれは、人間を初めとするあらゆる生物において、おどろくべき役割を果たしていて、

 そっくりそのまま真似されやすい行動です。・・」


「現代思想の定説(ドグマ)のなかには、闘争性の模倣とその抑圧の発見によって、

 おどろくにあたらないほどの発見によって、すぐに脅威に感ずるものがあります。」

 精神分析は、エディプス・コンプレックスの抑圧、無意識を語るが、その再現可能性はない。


「横取りの模倣によって起こる争いは、ただちに民俗学の基本的問題つまり禁忌の問題を

 解明できるものだ、と私は考えます。」


「禁忌を全体的に理解する、つまり共同体の構成員相互の関係とはまったくかかわりのない

 脅威の扱い方までを含めて理解するためには、あらゆるものの根底に模倣と暴力とを

 置かなくてはならない・・」


「ハイデガーと当代のハイデガー信奉者たちが遡っている前ソクラテス派の哲学者たち以前は、

 宗教的なものしかありません。

 そして哲学を理解するためには、宗教的なものこそ理解しなければならないのです。

 哲学の側から宗教的なものを理解することがうまくいかなかったのですから、

 方法を逆にして、宗教的なものに照らして哲学を読まなければならないのです。」



「犠牲者はひとりだけで危機は解決されます。

 犠牲者はだれでもかまいません。

 なぜなら暴力の現象はすべて、模倣性のものなので、共同体の内部ではどこでも同一であり、

 同じように配分されているのですから。

 危機の原因を一つにしぼることは、だれにもできませんし、

 危機の責任を分担させるようなことも、だれにもできません。
 
 そして最後に、あの「身代わりの犠牲者」が必然的に姿をあらわして、

 共同体を和解させることになるのです。

 というのは、危機の高まり自体が、常に増大する無意識の模倣(ミメテイスム)

 に結びついているために、必然的に危機を招くことになるのですから。」



「宗教的なものとは、平和を維持するためのこの大がかりな努力にほかなりません。

 「神聖なものとは暴力なのです。」

 しかし宗教的なものが暴力を礼賛するとしても、

 それは常に暴力が平和をもたらすものと考えられるからこそなのです。

 宗教的なものは全面的に平和を目指しています。

 しかし平和に至る手段が、供犠の暴力をともなわないことはまずありません。」



「暴力的な集団の無意識の模倣(ミメテイスム)のいろいろな現象については、

 おそらく「夏の夜の夢」ほど決定的な作品はありません。

 しかしまだ、このテクストに隠されているおどろくべき教訓をほんとうに

 利用できた人は、ひとりもいません。」

 ・・って、「夏の夜の夢」が、暴力的な集団の無意識の模倣って???



「われわれの仮説は、なぜ至る所に儀礼と禁忌があるかを説明するばかりか、

 なぜあらゆる文化がその起源を超自然の力に求めるのか -

 「自分が守りもしないおきて」を人間に押しつけ、人間の違反行為には

 きわめて恐ろしい懲罰を加えるように思われる超自然の力に求めるのか -

 をも説明するのです。」



「私は人間の文化のなかには、身代わりの犠牲者のメカニズムに還元できない

 ようなものは何もない、ということを示すことができると思っています。」

「宗教的なものを「解決不可能な矛盾」として自覚すること自体が、

 必然的に起源の喪失に関連します。

 逆に考えてもさしつかえありません。

 これがとりもなおさず、人間の文化のなかで常に他のものより重要視される

 合理化と差異化が、一方では強化された欺瞞であり、血みどろな痕跡の除去であり、

 排除そのものの排除である理由なのです。」



○食物と性の禁忌

「対象から出発する解釈、性あるいは経済という対象から人間を定義するような

 解釈はすべて、たとえば精神分析やマルクス主義などは、正しいはずがありません。

 そうした解釈はどう見ても、文化的な事業のへたな切り抜き方に根拠を置いています。

 そうした解釈はそれが本質的なものとして勝手に選び出す現象とまったく同質の

 現象を、本質的ではないものとして見落としています。


 レヴィ=ストロースの構造主義は、このように対象から考察を進める誤った

 優先順位を一掃しています。」



「この世の文化で、神聖なものをあらわることばを、

 言語活動(ランガージュ)の秩序の最初のもの、基本的なものとして

 認めていないような文化はありません。」


第3章まで。

新蕎麦の季節・・という言葉を耳にしたので、

お昼過ぎに思い立って、

深大寺へ・・

三鷹駅からバスで、深大寺入口で下車・・

自宅から現地まで、ドアツードアでぴったり2時間でした。


深大寺


まずはお参り・・

深大寺

深大寺


そして、蕎麦屋さんの前に・・蕎麦団子

蕎麦団子


そして、満を持して?

天ざるを食べに・・

深大寺天ざる


鬼太郎茶屋・・

鬼太郎茶屋


「らくやき」で、コーヒーカップに絵を描く

らくやき

絵を描いて、色をつけてるとあっという間に30分、

20分で焼いていただきました。


最後に、

蕎麦パン・・をいただきました。

蕎麦パン












ひとりでは生きられないのも芸のうち

内田樹「ひとりでは生きられないのも芸のうち」・・あなたなしでは生きてゆけない


 5人に1人ぐらいが「まっとうな大人」になってほしい。

 5人に1人が「まっとうな大人」の社会では、公的なもの・制度・システムは支えられる。


 現在の問題は、この公的なもの・制度・システムへの「無根拠な楽観」にある。

「「誰かがちゃんとシステムを管理してくれているはずだ(だから、私はやらなくてもいい)」

 という当事者意識の欠如がこの「楽観」をもたらし、それがシステムの構造的な

 破綻を呼び寄せてい」る。

「当事者意識がない人たちの制度改善努力は「文句をつけること」に限定され」る。

 でも、社会の構成員の大半がそう思う社会において、

 誰かがなんとかしてくれる・・・はずはない?!


 といっても、全員が「まっとう」である社会などなく、

 5人に2人が「まっとう」にならないと成立しない社会は、既に制度設計に欠陥がある。 

 だからこそ、5人に1人ぐらいが「まっとうな大人」になることの勧め、になっています。



 利害関係者が質・量ともに多く、自分のプロジェクト一つ、

 思うようにコントロールできず、ややもすると組織の壁を感じる日々・・

 だからこそ、内田さんの当事者意識の再考を促す指摘は、胸に深ーく刺さるのでした。


 
○あなたなしでは生きてゆけない

「ひとりでできることを二人がかりでやる。

 それによって、「あなたなしでは私はこのことを完遂できない」というメッセージを

 相互に送りあうこと。それがもっても純粋は交換のかたちである。

  I cannot live with you.

 
 これは私たちが発することのできるもっとも純度の高い愛の言葉である。

 私はこのyouの数をどれだけ増やすことができるか、

 それが共同的に生きる人間の社会的成熟の指標であると思っている。・・


 たぶん、ほとんどの人は逆に考えていると思うけれど、

 「その人がいなくては生きてゆけない人間」の数の多さこそが「成熟」の指標なのである」
 

 大人になることは、依存せず、自立・自律するようになり、

 その上で、協調・協同できるようになることだと思っていましたが、
 
 順序を逆に考えても成り立つし、その方が、セーフティネットができてよいのかもしれません。

 でも、これこそ大人の知恵・・と感心しました。





<目次>
まえがき
I非婚・少子化時代に
いかにして男は籠絡されるか/弱雀小僧 is come back
めちゃモテ・ニッポン
夢の少子化対策
少子化と家族解体
「不二家」化する日本と育児戦略
早婚思考
プロジェクト佐分利信
II働くということ
『若者はなぜ3年で辞めるのか?』を読む
非正規雇用について
自分のために働いてはいけない l'un pour l'autre
不意にやる気がなくなった――創造的労働者の悲哀
「無人島ルール」を知っていますか?
キャリア教育論
IIIメディアの語り口
メディア・リテラシーとトリックスター
納豆疑獄とメディアの凋落
言い訳上手になりました
メディアのマナーについて
配架の愉しみと語彙について
クールなメディア
IVグローバル化時代のひずみ
与ひょうのロハス
銃規制と憲法修正
博士号売ります
シンガポールの悩み
階層社会フランス
ナショナリズムと集団性
身の程を知れ
V共同体の作法
個食のしあわせ
食の禁忌について
子どもに触れさせてはいけないもの
性的禁忌考
健康って何?
敵をつくらないというテクニック
戦争のルール
VI死と愛をめぐる考察
自殺する子どもたち
縮小する自我という病
絵画におけるエロスとタナトス
死をめぐる二つの考察
正しい葬送儀礼とは
愛神愛隣
あなたなしでは生きてゆけない
あとがき



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