1分間セルフ・リーダーシップ

1分間セルフ・リーダーシップ・・K・ブランチャード&S・ファウラー&L・ホーキンス

依田卓巳 訳

ダイヤモンド社

2005年刊


 冒頭、ちょっと虫のいい話・・

 上司が欲しい部下像は、
 
 「イニシアティブをとって、問題を自分で解決する社員だね。
  私の部下でありながら、まるで職場が自分のaものであるかのように働く人を求める」

 部下にとっての理想の仕事・・

 まず、公正さ・・アメリカらしい要望

 次に、新しいスキルをつねに学べる機会

 
 したがって、理想の職場は、双方の言い分が同時に成り立つ場であること。



「状況の犠牲者」にならないこと!

 状況の犠牲者とは、置かれた状況に責任をとろうとしない人のこと。

 自分の責任を取らずに、周りの誰かを責める人のこと。



 本書でのリーダーシップ論は、シチュエーショナル・リーダーシップ
 (状況対応型リーダーシップ)と呼ばれるもの。
 
 R1:やる気はあるが、スキル・力がない初心者の状態
 R2:壁にぶち当たってやる気を失い、スキル・力もない状態
 R3:まだまだ自信はないが、スキル・力がほどほどある状態
 R4:高い意欲があり、スキル・力がある状態

 各々の状態のときのコーチング・スタイルは、

 技能が低いときには、指示が必要

 意欲が低いときには、支援が必要



「目標に到達できるのは、
 たいていあなたが無意識のうちに
 イニシアティブをとって、セルフ・リーダーとなり、
 成功に必要なものを手に入れたときだ。」



<目次>
1 魔法を信じますか?
2 人は人の心が読めない
3 “ゾウの思考”から抜け出せ
4 力のポイントを活用せよ
5 自己を診断する
6 必要なものを手に入れるには
7 いっしょに走る
8 言い訳はしない
9 1分間のマジック

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繁栄(上)

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価格:1,890円(税込、送料別)




 いまよりも昔の方が暮らしやすかった、

 素朴さや静謐さ、豊かな人間関係や立派な徳や高い精神性が失われてしまった、

 と言う人へ・・

 マット・リドレーさんの「繁栄――明日を切り拓くための人類10万年史(上)」の

 たとえ話が、なかなか衝撃です。

 

 1800年頃の西ヨーロッパか北アメリカ東部の想像してごらん、といいます。

 
「木骨造の質素な家の炉辺に家族が集まっている。
 父親が声に出して聖書を読むなか、母親が牛肉とタマネギのシチューをよそおうと
 している。赤ん坊は姉の一人があやし、長男はテーブルに置かれた陶器のマグに水差し
 から水を注ぎ、彼の姉は馬屋で馬に餌をやっている。
 外では自動車の騒音は聞えないし、麻薬のディーラーも見当たらず、
 牛の乳からダイオキシンや放射能が検出されることもない。
 まったくのどかで、窓の外では鳥が鳴いていて・・」

 と続くところで、

 リドレーさんは突然、「待った! 現実はそれほど甘くない。」と遮ります。


「一家は村でも豊かなほうだが、父親の聖書の朗読は気管支炎による咳でたびたび
 中断する。
 肺炎の予兆で、この病気のために、やがて彼は53歳で亡くなる。」それでも、
 イングランドの平均寿命は40歳だったので、幸運な方だといいます。
「赤ん坊は天然痘で亡くなる。今、この子が泣いているのも、じつは天然痘のせいなのだ。」
「長男が注いでいる水は牛のような味がする。
 汲んできた小川の水を牛たちも飲んでいるから。」
「シチューは灰色で肉は筋だらけだが、いつもはオートミール粥だから、
 これでもごちそうだ。・・
 この季節には果物もサラダもない。
 ロウソクは高価なので、明かりと言えば、燃える薪の放つ光ぐらいだ。」
「家族のなかで演劇を見たり、絵の具で絵を描いたり、ピアノの演奏を聞いたりした
 ことのある者は一人もいない。」
 学校の授業は、牧師の教える退屈なラテン語のみ。
 父親は生涯で一度だけ村を出て、町に行ったことがあるが、その時の旅費は1週間分の
 賃金に相当した。他の家族は、半径2、30キロの範囲を出たことがない。

 衝撃の描写が続くのですが、自給自足が基本であった1800年時点の経済統計
 をみれば、これに近い状態だったのだと思います。
 
 1790年のイギリスの農業労働者は、
 食糧に75%、衣料と寝具に10%、家賃に6%、暖房費に5%、照明と石鹸に4%
 使っていた。・・ここに娯楽や医療や貯蓄はない。

 一方、2005年の平均的イギリス人であれば、
 家賃に20%、自動車・飛行機など交通費に18%、住居関連に16%、
 食べ物・外食に14%、医療に6%、映画・音楽など娯楽に5%、
 衣料に4%、トイレタリー・化粧品・散髪に1%、貯金に11%
 だったといいます。
 
 
 現在の先進国に住む平均賃金を得る人々の生活は、太陽王と呼ばれたルイ十四世よりも
 はるかに豊かになっている。


 貧困問題は依然深刻ですが、過去20年間を見ても、金持ちはさらに金持ちになったが、
 貧乏人はそれ以上に豊かになっている、と。

 




 マット・リドレー「繁栄――明日を切り拓くための人類10万年史(上)」

 マット・リドレー「繁栄――明日を切り拓くための人類10万年史(下)」

繁栄(下)

繁栄(下)

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 リーマンショック以降の経済崩壊、貧困拡大、環境汚染、人口爆発・・・
 などの総悲観論の中、
 人類5000年の歴史どころか、
 東西10万年を通じて発展し続けた人類史、と
 それを可能にした最大の謎「文明を駆動するものは何か?」を解き明かしたもの。

 原語タイトルは「合理的な楽観主義者」

  マット・リドレー・・元エコノミストの記者で、科学啓蒙書を多数発表しているイギリスの科学ジャーナリスト。



牧野信一全集(第3巻)

牧野信一全集〈第3巻〉大正15年9月~昭和5年5月



 「村のストア派」という小説が収められているので、

 ストア派・・つながりで手に取ったもの。


 内容は、ストア派・・のストイシズムとtは正反対の主人公がいました。

≪もう学資が送れない云々といふ母の手紙を都で読んだ樽野は、
 そちらで独立せよ! といふ母の言外の意味を知らずに、
 手紙を見た翌日此処に移つて来たのである。≫

 ・・なんと甘ちゃんな?!


 「ギリシアの牧野」といわれた方の作品ですが、
 セネカやキケロの雰囲気を期待していたら、ちょっと期待外れでしたڤ


古代感情論

古代感情論

価格:5,880円(税込、送料別)



広川洋一「古代感情論―プラトンからストア派まで」

岩波書店

2000年刊


 「ロゴスではなく、パトスをどう位置づけるか?」

「本書では、近世思想における感情論にとっての二つの源泉、
 プラトン、アリストテレスの感情論とストア派の感情論を、
 感情そのものの分析と感情の道徳的生における意義という二つの視点から考えている。」

 ・・今回は、ストア派について知りたくて手に取ったもの。


 16世紀後半から17世紀前半にかけてストア派の復興があり、
 感情論への関心も高めた。



 プラトンの感情論・・

「プラトンにおいて、感情は、魂の「低劣な部分」、「非理性的にして怠惰な部分」、
 そして「愚かな部分、どちらが大きいか小さいかも識別できずに、同じものをときには
 大きいと思い、ときには小と思うような部分」の固有の働きとされているように
 思われる。」
 
 感情に訴える情緒的なやり方を批判した 『ソクラテスの弁明』や『国家』


 でも、感情とともに、飲食・性愛の欲望は、基本的に教化可能なもの、

「正しい指導を受ければ、そこから徳が生まれる」と考えている 『法律』
 
 
 恐怖 ・・ 勇気の徳
 
 欲望 ・・ 節制の徳

 「真実の思いなし・考え」により教化し、勇気・思慮・節制の徳を現出させる?!



 ストア派の感情論・・

 4つの基本感情・・キケロの定義
 
 1.悲しみは、現にある災悪 -これによって心が沈み萎縮するのは当然のことと思われる-
  
   についての新鮮な思いなし

 2.喜びは、現にある善 -これによって心が高揚するのは当然のことと思われる-

 についての新鮮な思いなし

 3.恐れは、せまりくる災悪 -それは耐えがたいものと思われる-についての思いなし

 4.欲望は、来るべき善 -それは今ここに在ることで有益なものだる-についての
   思いなし

 4つの感情とも、「判断・思いなし・信念」として把握されている。

 感情は、すべて誤れる、悪しき判断・過度の衝動である。




 感情の暴発そのものが病いであるだけでなく、
 ある感情を慢性的に引き起こす心的状態もまた病いとみる。

 病的状態の内実は、女好き・酒好き・貪欲さを激しく求める「欲望という思いなし」

 ストア派にとって、このような感情は、
 
 全面否定されるべきもの・根絶さるべきものと主張されている。

 その前提は、感情は、人間の力の下にあるもので、支配可能なものと
 考えているため。

 ・・感情を暴発させる人がそうでないことは、日常的に散見されますが(>_<)


 
 だから、賢者、善き人は、「感情から自由な人」であるとする。

 「無謬性、首尾一貫性、知的完全性、行為の完全性が徳ないし「賢者」に
  対するストア派の必要条件なのである

 一方、ストア派においても、不完全から完全な徳への「進歩・向上」も認めることができる。



<目次>
第1章 プラトンの感情論
第2章 プラトンにおける徳と感情
第3章 アリストテレスの感情論
第4章 アリストテレスにおける徳と感情
第5章 ストア派の感情論
第6章 ストア派における徳と感情
終章


「ストア派なる名は、ゼノンがアテナイの彩色柱廊(ストア・ポイキレ)で教授していたことにちなむ。

 とくに古代ローマの共和制末期からキリスト教を認める前までの帝政期における影響は非常に大きく、後述するように皇帝すらそれに帰依した。」ウィキペディアより

 ストア=ポイキーレ(壁画のある柱廊)
 柱廊・・柱と屋根だけの、壁のない吹き放し廊下。
 

「ローマ時代において重要なストア主義者として名を残しているのは、奴隷エピクテトス、「哲人皇帝」として有名なローマ皇帝マルクス・アウレリウス・アントニヌス、大臣セネカである。ストア主義は、非道な権力に抗する際や、災難の続く事態に対峙する際の慰めとなった。」ウィキペディアより


 ゼノン・・キプロス島キティオン出身の哲学者でストア派の創始者(紀元前335年 - 紀元前263年)。アキレスは亀に追いつけない・「アキレスと亀の競争」のエレアのゼノン(紀元前490年頃 - 紀元前430年頃)とは別人。

 「商人の息子に生まれ、成人して自らも商人となり中年期に至るまで商業に携わっていたという。彼が22歳の時に乗っていた船が難破してアテナイにたどり着き、偶然立ち寄った本屋でクセノフォンの『ソクラテスの思い出』に感銘を受けた。」ウィキペディアより
 遭難したアテナイで、諸学派について学び、講義をして絶大な人気を得る。



「エピクテトス(55年 - 138年)は、古代ギリシアのストア派の哲学者。フリギアのヒエラポリスで生まれたと考えられている。母親は奴隷階級だったらしく、自身も奴隷としてローマ帝国の皇帝ネロのもとに売られる。」ウィキペディアより


 資料が断片的にしか残存っていない・・

 理論化と実践の中で、実践を取ったため、と思われる。

 そのためもあり、プラトンやアリストテレスの体系と比べ、貧弱になっている。

 


以下、goo辞書より

ストア【(ギリシャ)stoa】
 古代ギリシャの、市民の集う所に建てられた列柱廊建築。列柱廊だけ、または前面を列柱、背面を壁とした平屋あるいは2階建ての長い建物。

ストア‐がくは【ストア学派】
《ゼノンがストア‐ポイキレ(彩色柱廊)で講義したことに由来》キプロスのゼノンが前3世紀初頭に創始したギリシャ哲学の一派。哲学は論理学・自然学・倫理学の3部門からなるが、これらは相互に分かちがたく結びついて愛知を構成する3要素となり、人間生活における一切のことに正しく対処するための実践的知識を求めることであった。ストイックといわれる禁欲主義的心情をもち、世界市民主義を唱えた。ゼノンのほかに古ストア学派のクリュシッポス、中期ストア学派のパナイティオス・ポセイドニオス、後期ストア学派のセネカ・エピクテトス・マルクス=アウレリウスなどがいる。

ストイシズム【stoicism】
 1 (Stoicism)ストア学派の学説。ストア主義。
 2 ストア学派風の克己禁欲主義・厳粛主義。




古代ギリシア・ローマの哲学

古代ギリシア・ローマの哲学―ケンブリッジ・コンパニオン

デイヴィッド・セドレー David Sedley

内山勝利 訳

京都大学学術出版会

2009年刊



 古代ギリシア・ローマの哲学者たちの問い・・二つの例

 1.立派な人生とはどんなものか?
 
 2.どうして大地は落下しないのか?


 前者は現在でも問題であるが、後者はニュートンで一つの結論がでているかもしれない。
 でも、この二つの問いは、古代ギリシア・ローマの哲学者たちにとってつながっていた。


「われわれ自身の哲学的な概念や思考前提の初期の歴史を見直すことが、

 およそまぎれもなく、いかに問題解明に有効であるか、それも単に先行者たちについて

 有効であるだけではなく、われわれ自身についても有効であるかを強調することにある。」



ストア派を巡る魅力的な人々・・

 初代学頭のゼノン、
 その後継者、クレアンテスと、クリュシッポス
 
 ローマのストア派の人々の多様さ・・
 ローマ哲学の最良の事例となる著述家たち
 
 皇帝ネロの助言者だったセネカ、
 解放奴隷だったエピクテトス、
 そして、
 自身皇帝であったマルクス・アウレリウス



ストア派は、哲学を論理学、自然学、倫理学に三分割した。


ストア派の論理学・・

 問答法・・・言語、文法、レトリック(弁論術・修辞学)を含む。


 哲学的演繹推論・・

 初代学頭のキティオンのゼノンによるもの

 「理性的なものは、非理性的なものよりもすぐれている。
  しかるに、この世界よりもすぐれているものは、何ものも存在しない。
  したがって、この世界は理性的である。」セクストス『学者たちへの論駁』

 でも、セネカは痛烈に批判します。

≪「あらゆる悪は輝かしいものではない。
  死は輝かしいものである。
  それゆえ、死は悪ではない。」
 -おめでとう。私は死の恐怖を免れた。
  いまや私は、自分の首が断頭台の上に晒されることに躊躇しないだろう。
  しかし、ほんとうのことを言えば、このような議論によって死の恐怖を
  消し去ることができると考える者と、それが何か現実との関わりがあるかの
  ように考えて、この議論を反駁しようとする者とでは、そのどちらが愚か
  であるかを言うのは、容易ではない。≫ 『書簡集』第82書簡9

 ・・ゼノンの演繹推論は人の心を動かして、人を同意させることはない。

 
ストア派の自然学・・

「ストア派の自然学は、世界を完全統一体、すなわちそのなかに偏在しまた摂理として
 
 働いている理性によって統治された神的な生き物だとする壮大な視点である。

 ストア派の自然学は、個々の現象、過程、構造についての仔細な研究を他の専門家たち
 に任せておき、大原理に専念するのである。」


ストア派の倫理学・・

「その出発点は、古代のあらゆる倫理学学説のように、「目的」(テロス)の想定である。

 この目的が「幸福」(エウダイモニアー)と同一視され」ている。



 ルクレティウス・・

 「われわれは今日、ルクレティウスには、他のいかなるローマ人も-キケロやセネカも含めて-

  凌駕しえない哲学的知性が備わっていると認めている。」


 キケロ・・

 「キケロが世界史に名を留める人物として地位をかちえているのは、

  レトリックと政治と哲学の三者を組み合わせる、彼の並はずれた結合力のおかげである。」

 「キケロは自らのアイデンティティーを、並はずれて熟練した弁論家、かつ、

  ローマの公的舞台における当事者として確立していたのであり、

  そこから自分を引き離すことなどけっしてなかった。」

 ストア派の哲学が、実践的な哲学である所以である。
  


 セネカ・・

 50歳になって、ネロの教師となり、その後、若き皇帝の政治顧問となる。
 後62年に、セネカが帝国の職責から引退した後、『倫理書簡集』を書く。
 3年後、ネロは強要して彼を自決へといたらしめる。


 「セネカは力強い精神を持っていた。」
 
 「セネカの著述においては、ストア主義は内面化されており、
  その内面化は、その哲学についての彼の提示をキケロのものとはきわめて
  異なるものにさせ、さらに、マルクス・アウレリウスの内向的な『自省録』を
  先取りさせる仕方において生じている。」



「毎日、私は自分自身を前にして私の件について弁護する。
 私は自分の過ごした一日全体を綿密に調べ、そして、自分の行動と発言を検分する。
 自分自身から何一つ私は隠さないし、何一つ省かない。」

 『怒りについて』第3巻36章3




<目次>
古代哲学における議論の方法
ソクラテス以前の哲学者たち
ソフィストとソクラテス
プラトン
アリストテレス
ヘレニズム哲学
ローマ哲学
哲学と文芸
後期古代哲学
哲学と科学
哲学と宗教
古代哲学の遺産


岩波書店・斎藤忍随/内山勝利/小池澄夫/水地宗明他新岩波講座哲学14 哲学の原型と発展 哲学の歴史1 哲学史の概念/フィロソフィアの伝統と形成/学としてのフィロソフィアの確立/古代後期から中世へ 【中古】afb

トア派・・「哲学の原型と発展」(新・岩波講座 哲学14)

岩波書店

1988年刊


 水地宗明さんによるストア派の解説・・


 ヘレニズム時代(前323-前30)を代表する哲学には、

 ストア派、エピクロス派、懐疑派の3つがある。

 ストア派は、おそらくフェニキア人(いまのレバノンあたり)であったゼノンにより、
 前300年頃にアテナイで創設された学派で、最後の有名なストア派の哲学者である

 ローマ皇帝マルクス・アウレリウスが亡くなったのは180年であり、

 その間実に500年に及ぶ。


 ストア哲学の特色・・

1.哲学を論理学、自然学、倫理学に三分し、しかもこの三分野を有機的に統一されたものと
 みなしたこと。

2.近代の命題論理学に似通う独特な論理学、

3.特色のある意味論、

4.認識論における認識的(把握的)表象の理論、

5.世界に内在しつつ、それを管理する神的理性(ロゴス)の思想、

6.力動的自然観、

7.人間の本性を理性として捉え、理性がわれわれに行動の規則(自然法)を授けると
 する思想、

8.独特な善悪論、価値論および行為論、

9.高尚な感情と低級な情念との区別、

10.●独特な賢者像、

11.奴隷を人間として扱い、女性を男性と平等視するなどのヒューマニズム、

12.肉体的労働を軽蔑しないこと、

13.★職業倫理の研究、

14.政治的自由の尊重、

15.個人主義とコスモポリタニズム

など。


1.ロゴス

「理性は正しく思考し、秩序と調和を与え、目的を定めて計画し実行する。」

「ストア哲学はロゴスの哲学であると言われる。
 それは、世界が理性的に管理されており、人間が理性的に生きうることを示そうとする。
 人間は理性をもつ生きものである。」


2.認識

「主観的な作用それ自身の内に認識の確実性の保証を求めた」


4.行為

「ストアによれば、人間は賢者か愚者かのいずれかであって、その中間はない。」

「賢者は、宇宙と人間についての基本的知識をもち、それに基づいて完全に首尾一貫して
 生きる人である。」


5.善悪と価値

「まずアレテー(徳、卓越性)、それからアレテーに基く行為、さらにアレテーを
 その一部分として含むもの(例えば卓越した人間や卓越した国家など)が善である。

 ・・快楽などは善ではない。
 また悪は、悪徳と悪徳に基く行為と悪徳を含むもの、である。」




ストア派とエピクロス派の違いと類似・・

 ストア派は、徳にしたがって生きるべきと説き、

 エピクロス派は、快の追求を説いた、といわれる。

 しかし、両者に、

「何のために君たちはそのような生き方をよしとするのか」と問えば、

 両者とも、「幸福に生きるために」という答えが返ってくるだろうし、

 また両者とも、幸福な生が本性に従って生きることにより実現すると考えている。
 
 人間の本性は、一定の目的指向性を有しており、この本性は、幸福に生きることに

 他ならない、と考えられている。

 では、両者に違いはどこにあるか。

 それは、何を本性であると見なすかの相違にある。

「理性的であることに人間の本性を見るストア派は理性の命令こそ本性の目的指向性
 を告げていると考え、理性の命令に従うこと、
 すなわち徳を身につけることが本性に従って生きることであると主張する。」

 一方、エピクロスは、
 
 身体的機構の要求こそ本性の声に他ならないと考える。 



いまこそ、日本、繁栄の好機!

日下公人「いまこそ、日本、繁栄の好機!」(WAC BUNKO)

2010年刊



 日本の外交や安全保障の考え方についての直言もさることながら、
 読んでいると、元気になります。



「人間は筋肉を鍛えると自然と意志が強くなって泣き言や言い訳を
 言わなくなるし、集団生活をすると自閉症が治る。
 厳しい訓練に耐えると友情が湧く。
 友人ができると自己認識ができる。
 そこでKYがなくなる。」


「気合不足の人は仕事がマンネリになる。
 それは勉強不足や観察不足になるためで、結論がありきたりになる。
 その方が波風が立たなくてよいというのは右肩上がりの時代の話で、
 その時代の風が変わるときはリストラされる。
 慌てて勉強したりするが、指示待ちのクセがついているので
 勉強も後手に回る。」



「米中は中世のない不幸な国」だとして、

「両国には「古代」と見せかけの「現代」と建設中の未来があるばかりで、
 国民はスローガンに振り回されている。
 ホンネとしてアメリカと中国が何よりも方を入れているのは軍事力と経済発展であり、
 言い換えれば「力とカネ」だ。
 それは赤裸々な人間の欲望の最たるものである。」

「中世がない国は国民共通の常識や道徳や幸福感がない国で、
 その分だけ未来の建設や発展を掲げる。
 進歩を礼賛する。
 つまりスローガンが多い国になる。
 その結果は国民に自制心がなくなり、弱肉強食の欲望が衝突する国になる。」





<目次>
1部 自立せよ!日本政治
(W杯・サムライに学べ
“高望み病”への処方箋
“成長戦略”なき時代の大局観 ほか)
2部 日本経済繁栄のヒント
(“わけあり商品”が売れる“わけ”
「顔」の時代が来る
日本航空に巣くう組合の力 ほか)
3部 いまだ「古代」の中国、世界が見えないマスコミ
(日本の首相は「着せ替え人形」だ
米中は中世のない不幸な国
新聞に欠けている国際的視点 ほか)


現代霊性論

内田樹・釈徹宗「現代霊性論」

講談社

2010年刊


 本書は、2005年9月から半年間、神戸女学院の大学院で行われた
 「現代霊性論」の講義録を基にしたもの。



 霊とは何か?

 1998年に、WHO(世界保健機構)の委員会でなされた健康の定義には、

 肉体面、精神面の健康に加えて、霊的及び社会的斑棋士の活力ある状態である、
 
 とありました。

 "Health is a dynamic state of complete physical, mental, spiritual

and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity."

 ・・残念ながら、WHOの最高機関であるWHAで、霊的を加えるのは時期尚早のため
 否決された、とのこと。



 神道・・

 神道は、基本的には共同体を繋ぐための宗教。

 村落や血族や氏族のバインド(絆)の役目を果たしている。

 宗教儀式を行うことを中心とする宗教のため、教義や思想性はそれほど重要ではない。
 その代わり、たとえばみんなでタブーを共有したりする。
 
 「あの山には毎年、何月何日以外は、登ったらあかんことにしよう」と決めたりする。
 そして、そのタブーを守る人は、自分と同じ仲間だと言うことで、バインドできる。

 このように、人と人を結びつける接着剤の役目を果たした。

 なぜ共同体を繋ぎとめる必要があったのか?

 それは、農業を行うため。
 
 幕末から明治維新にかけて、神道の新しいムーブメント・・霊学が興る。

 この系譜から出口王二三郎が出る。ポスト新宗教に大きな影響を与える。




 カルト宗教の見分け方・・

 ・脱会が困難でないか

 ・家族から隔離したり、社会から情報を遮断するような団体

 ・金銭面。法外な寄付や金品を要求していないか

 ・特定の敵(他教団や共産主義等)を設定している

 最も有効な宗教の勧誘を断る手段は、自分のポジションを明確にすること。
 「私には信仰がありますので、お断りします」




 カウンセリング・・

 共同体から自立して、自己責任で自己決定して自己実現する・・のは、
 「強者モデル」

 でも、多くの人は、そもそも非力で自立できないから、
 家族や企業で、ストレスを抱えてこんでいる。
 そういう人を煽って、家族や地域から孤立させるカウンセリングは
 信頼できない。



 ツキ・・

 ツキって、ダマでくる。平均的で来るということはない。
 いいことは集中的に来るし、悪いことも集中的に来る。
 いいときに図に乗って「好天モデル」をベースにして生きていると、
 ある日どかんと不運に遭遇する。

≪「運がいい人」というのは、周りから「選択するときにいつも正しいほうを
 選ぶ人」というふうに見えているんだと思います。でも、そうじゃない。
 「運がいい人」っていうのは選択しない人なんです。
 分かれ道に至って、「さて、どちらの道を選んだものか」と自問する人は、
 その時点ですでにかなり運に見放されている。
 というのは、「運がいい人」の眼には道は一本しか見えていないから。≫

 進むべき一本の道が見えていないため、 
 迷って、逡巡の上の決断を下しても、トラブルに巻き込まれる。
 
 世間の評価より、自分のアラートを信じた方がいい。



<目次>
第1章 霊って何だろう?
第2章 名前は呪い?
第3章 シャーマン、霊能者、カウンセラー―民間宗教者のお仕事
第4章 スピリチュアルブームの正体
第5章 日本の宗教性はメタ宗教にあり
第6章 第三期・宗教ブーム―一九七五年起源説
第7章 靖國問題で考える「政治と宗教」
第8章 宗教の本質は儀礼にあり
第9章 宗教とタブー
質問の時間



調布祭


 今日は、調布にある電気通信大学へ・・

 お目当ては、学園祭である調布祭Leapが開かれているのに合わせて、

 今年で退官になる酒井邦秀先生の講演会・・ラスト・レクチャーでした。

 最近は、英語多聴も薦められているので、英語多読とともに、
 そのあたりの話も伺えるかなあ、と期待していました。

 場所は、電気通信大学の総合研究棟3階301号室・・
 校門前の学生さんに、総合研究棟の場所を尋ねると、しばし沈黙・・し、
 他の学生さんに聞いて教えてもらいました?!


調布祭
 
 12時半過ぎについたのですが、講演は1時半ということなので、
 学園祭の定番の屋台を物色・・強く声をかけられた広島風お好み焼きと、
 ポテト串を食べました。

多読村祭り

 講演に先立って、読み聞かせを聴いた後、いよいよ酒井先生のお話し・・

 午前にも講演があり、そちらでは「やさしい言葉が大事だ」という
 英語多読の話が中心だったようですが、
 午後はその続きとして、「音が大切だ」という英語多聴の話題でした。
  
 言語の世界において、文字は氷山の一角、音が氷山そのものを占めるのではないか、
 という仮説を考えられている、とのこと。

 意味がわからずにシャドーイングをしていても、いつの間にか意味につながっている。
 入試英語の論説文のようなもにさえ、その文章にはメロディーが流れている。

 言語に大切なのは、メロディーとリズムであり、1つ1つの音ではない。

 しかし、私たち日本人は、学校教育のおかげで、
 英語を聴いても、日本語英語・カタカナ英語に変換して聴いてしまう。
 この日本語英語・カタカナ英語をアンラーニングするためには、
 20時間くらいシャドーイングをすること。劇薬シャドーイングの方法としては、
 それを英語ではなく、スワヒリ語やウルドゥー語を聴いてやってみること。
 そうすれば、本当の英語の音が聴こえるようになる。
 
 でも、シャドーイングはつらい、面白くない・・と思う人は、
 聴き読みシャドーイングでも良い。
 
 20時間やってみれば、英語の子音の耳障りな悪い音・・空気の破裂音が
 わかるようになり始める。

 質疑応答を含めて、1時半から3時15分まで、爆笑の講演会でした。



 酒井先生の提唱する英語多読は、6年ほど前から初めたものの、
 中断を繰り返してながら、昨年末で400万語。今年は春先にペーパーバックを
 数冊読んだきりなので、まだ30万語ほどで挫折・・いえ、再び中断中。
 今年は、いったんの目標の500冊も読了したので、年末にかけて英語多読を
 再開してみようかな、と気持ちを新たにするのでした。


調布の商店街・・ここは鬼太郎の生まれた街でした。

鬼太郎
鬼太郎
鬼太郎

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