もうすぐ外出のため、今年最後のエントリーになります。

 今年は、楽天さんのブログのカテゴリーが壊れたため、

 FC2さんへお引越し・・したものの、完全引っ越しとならず、バックアップ扱いです。



 1月から12月までの月毎にはまった本・ジャンルを棚卸してみます。

 といいつつ、本を紹介できない月も多いですが(^_^;)


1月 シドニィ・シェルダン

   ペーパーバック18冊とシェルダンさんの自伝"The other side of me"




2月 ケン・フォレット『大聖堂』




4月 岡本太郎の挑戦するスキー
岡本太郎の挑戦するスキー―白い世界に燃える歓び (1977年)

岡本太郎著作集〈第8巻〉岡本太郎の眼 (1980年)



6月 池内紀「ひとり旅は楽し」(中公新書)
   ひとり登山もにぎやかである


9月 加来彰俊「プラトンの弁明―ギリシア哲学小論集」


10月 デレク・パーフィット「理由と人格 非人格性の倫理へ」

    米山優「情報学の基礎―諸科学を再統合する学としての哲学」


11月 ケイパー・ジョーンズ「ソフトウェア工学のベストプラクティス ―ソフトウェア工学の真の工学への発展をめざして―」

    ケイパー・ジョーンズ「ソフトウェア工学のベストプラクティス ―ソフトウェア工学の真の工学への発展をめざして―」・・その2

12月 網野善彦「異形の王権」(平凡社ライブラリー)

    網野善彦「無縁・公界・楽―日本中世の自由と平和」(平凡社ライブラリー)

    阿部謹也「西洋中世の罪と罰 亡霊の社会史」(講談社学術文庫)

    トマス・プラッター「放浪学生プラッターの手記―スイスのルネサンス人」



来年もよろしくお願いいたします。
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Derek Parfit - Reasons and Persons (Clarendon Press - Oxford)


 デレク・パーフィット「理由と人格 非人格性の倫理へ」






まずは、「はじめに」にある本書の狙い・・

We know that there are reasons for acting,

and thatsome reasons are better or stronger than others.

One of the main subjects of this book is a set of questions about

what we have reason to do.


We are particular people.

I have my life to live, you have yours.

What do these facts involve?

What makes me the same person throughout my life,

and a different person from you?

And what is the importance of these facts?

What is the importance of the unity of each life,

and of the distinction between diferent lives, and different persons?

These questions are the other main subject of this book.





As conditions change, we may need to make some changes in the way

we think about morality.

I have been arguing for one such change.


It's not enough to ask, "Will my act harm other people?"

Even if the answer is No, my act may still be wrong,

because of its effects.




41

In Prisoner's Dilemmma, the Self-interest Theory is directly collectively

self-defeating.

In these cases, if we all pursue self-interest, this will be worse for all of us.

It would be better for all of us if, instead, we all acted morally.




45

As Hume notoriously wrote:

"Tis not contrary to reason to prefer the destruction of the whole world

to the scratching of my finger.

"Tis not contrary to reason to choose my total ruin to prevent

the least uneasiness of an Indian, or person wholly unknon to me.




54

Rational Benevolence

RB: Reason requires each person to aim for the greatest possible sum

of happiness, impartially considered.


'Why should I sacrifice my own happiness for the greater happiness of another?'



62

Pigue claimed that we have 'a defect in the telescopic faculty.'

.. imprudent, or improvident, myopia


It is often unclear what would be best for someone,

or be most in his interests, both because the facts are doubtful,

and because of the disagreement between the rival theories about self-interest.




.. to be continued ?



トマス・プラッター「放浪学生プラッターの手記―スイスのルネサンス人」

訳 阿部謹也

平凡社

1985年刊




 1499年、スイス生まれのトマス・プラッターの自伝。

 1572年1月28日から、16日間で書かれたもの。



 貧しい家に生まれ、幼くして父は亡くなり、母は再婚し町を出る。

 そのため、プラッターは、6歳で山羊番として働くが、何度か死ぬ目に遭います。

 その後、放浪するひよっ子となる。

 ひよっ子は、乞食をして食べ物をもらうが、みな学生に召し上げられた。

 面白いのが、校長は生徒にしようとするが、それを断り、

 学校の床の上で眠り、放浪を続けたこと。



 それでも、チューリッヒで貧乏生活を送っていた時、

 ある家に家庭教師として雇われ、食事をごちそうになるようになる。

 この機会に、ラテン語、ギリシャ語、ヘブライ語を同時に学ぶ。

 この時の猛勉強ぶりがすごい。

≪ほとんど眠らずに夜を過ごすことも多く、

 睡魔と戦うために大変な苦労をした。

 しばしば冷たい水を口に含み、生の蕪や砂を口に含んで、

 万一眠りこんでも砂が口の中でザラザラしてすぐに目が覚めるように

 しておいた。≫


 こんなプラッターさんのもとへ、ヘブライ語を学びたいという説教師が教えを請いにきます。

 その人の家で、文法書を読み、ヘブライ語の聖書と対照し、一緒に練習します。

 そこに、80歳ぐらいでヘブライ語を学びたいという老人がきたので、
 教えに行ったといいます。

 
 これが16世紀の話とは正直驚きでした。




≪私の出身身分は大変低いにもかかわらず、
 神は名誉を与えてくださり、この有名な町バーゼルで大学の外の
 ギムナジウムを31年間にわたって統率し、そこで多くの高位の
 人びとの指定を教育し、多くの博士や学者、所領の領民や所領を
 支配する貴族の子弟や裁判所の判事や市参事会員となった者たちを
 育てたのである。≫





阿部謹也「ハーメルンの笛吹き男―伝説とその世界」

平凡社

1974年刊




 1284年6月26日、ハーメルンの町から130人の子どもたちが

 行方不明になった。

 この事件の背景にあるハーメルンの人びとの悲しみと苦しみは

 いかなるものであったか。


 阿部謹也「自分のなかに歴史をよむ」(ちくまプリマーブックス)



 さまざまな説のうち、有力なものは、

 東欧、ポーランド、チェコ、ハンガリーへの入植であったというもの。

 たとえば、ハーメルンからトロッパウへの道は600キロもあり、

 もし無事に辿りついたとしても、そこにあるのは未開の原野であった。

 そのため、最初の冬を過ごすための食料や資金を持っている必要があった。

 つまり、食い詰めた人々ではなく、かなり余裕のある層で、
 十分な計画をもって村を離れた。

 12~13世紀のヨーロッパは激動の時代であり、
 商業の復活と遠隔地貿易再開により、
 先祖伝来の領主に代わって、新参者が新しい領主として君臨するようになった。

 「この村はもう俺の村ではない」と思った農民が多数いた中、
 東部から勧誘を受け、先祖伝来の地を棄て旅だっていった。


 ただし、

 ハーメルンの場合、人口増と慢性的な土地不足の中、

 下層民の子どもには、もはや新家庭をもって独立した家計を営む可能性がなかった。


 当時のハーメルンの130人は、近代のハーメルンなら2000~2500人の
 若者が突然消えてしまうほどの比重を占めていた。


 
 


<目次>
第1部 笛吹き男伝説の成立
(笛吹き男伝説の原型
1284年6月26日の出来事
植民者の希望と現実
経済繁栄の蔭で
遍歴芸人たちの社会的地位)
第2部 笛吹き男伝説の変貌
(笛吹き男伝説から鼠捕り男伝説へ
近代的伝説研究の序章
現代に生きる伝説の貌)






阿部謹也「中世の星の下で」(ちくま学芸文庫)



 ヨーロッパ中世の人びとは何を思い、どのように暮らしていたのか、

 を描いた35編の論考。



 
 ヨーロッパの知識人のあこがれの引退生活は?

 
 「羊飼いの生活をしたい」

 という返事がかえってくることがある。

 オルテガ・イ・ガゼなどもそうだったそうな。





お風呂・・

≪一日楽しく過したければ風呂へ行け。

 一月を楽しく過したければ豚一頭を屠り、

 一年を楽しく過したければ若い妻を娶れ。≫(16世紀)


≪中世の浴場は公的な場であって、殺人をおかした者は罪を贖ったのちでも

 被害者の縁者が入浴している浴場に姿を見せてはならなかった。≫

 浴場で争いあってはならず、盗み死罪となった。

 浴場は平和の場とされていたからである。

 債務を負って債務者から追われているものも、浴場内にいる限り

 捕えられることはなかった。平和領域アジールでもあった。

 しかし、このような浴場は、木材価格の急騰と梅毒の流行という直接原因とともに、

 人と人との関係を規定していた公的な権威の変質があった。






メメント・モリ・・

 15世紀に「死を思え」の叫びがヨーロッパの人びとの胸中に、

 諦念と恐怖を植え付けたのはなぜか?



 中世における死の原因は、

 自然的原因としては、病気、老衰、暴力による事故死などとももに、

 超自然的原因があった。呪術、死霊、死者の招きなど。



 ヒステリックなまでの死の恐怖、「死の幻影」は、

 中世社会の秩序が崩壊していき、

 衰退の運命を味わわされつつあった貴族社会とキリスト教の悲鳴と
 みることもできる。





遠かった書物・・

≪ハルツの砕石工は、1860年に六巻本のシラー著作集を買うのに、

 四週間分の収入をあてなければならなかったし、

 十九世紀初頭にベルリンの読書教会に入ろうとした労働者が

 年会費十二~二十ターレンを払うと、年収の十~十五パーセントが

 とんでしまったという。≫

 いまがいかに恵まれた時代であることか!


 以前、成毛さんが、年収330万の頃、7割が本代だったという話が
 きいて驚いたことがありましたが、 

 ハルツの砕石工、偉いですね!!!

















<目次>
1 中世のくらし
(私の旅 中世の旅
石をめぐる中世の人々
中世の星の下で ほか)
2 人と人を結ぶ絆
(現代に生きる中世市民意識
ブルーマンデーの起源について
中世賎民身分の成立について ほか)
3 歴史学を支えるもの
(ひとつの言葉
文化の底流にあるもの
知的探究の喜びとわが国の学問 ほか)



阿部謹也「西洋中世の罪と罰 亡霊の社会史」(講談社学術文庫)

2012年刊


 
 今年、ちょうど500冊目の本。

 11月に手を取った加門七海さんが面白く、一時、怪談実話系にはまっていましたが、

 網野さんや阿部さんを通して、このような物語が、中世の世界観のものであったこと

 を再認識した年の瀬でした。






≪エッダ、サガに登場する粗野でたくましい死者のイメージは、

 中世後期の『黄金伝説』『奇跡をめぐる対話』では、生者に助けを求める哀れな姿となる。

 その背景には何があったのか?≫ (「BOOK」データベースより)


 ヨーロッパ中世の12世紀から13世紀にかけて、大きな変化が起こる。
 
 もともとゲルマン民族の原初の世界意識を伝えるエッダやサガには、
 天国・地獄の図式はなかった。

 しかし、キリスト教の普及とともに、
 「贖罪規定書」以前の死者の国(元気な死者たちが暴れ回る)が、
 だんだんと弱い死者の国(地獄・煉獄からの助けを求める)へと変化していった。




 ヨーロッパと日本の歴史の根本的な違いの一つ。

 それは、罪の意識の問題にある。



 そもそも罪とは何か?

≪これはキリスト教の聖書に基づいてくり広げられる壮大な生活のモデルに基づくものである。≫

 「贖罪規定書」には、7つの大罪やその他さまざまがあり、
 死後の世界をイメージさせることで、罪の意識を個人に植え付けようとした。


 1215年のラテラノ公会議により、成人男女は年に一回は、
 司祭に告解をしなければならないと定められる。

 罪の意識は、個人の問題ではなくなる。
 
 フーコーは、罪と権力の関係についてこういう。

「個人としての人間は、長いこと、他の人間たちに基準を求め、
 また他者との絆を顕示することで(家族・忠誠・庇護などの関係がそれだが)、
 自己の存在を確認してきた。

 ところが、彼が自分自身について語りか得るかあるいは語ることを余儀なくされている
 真実の言説によって、他人が彼を認証することになった。

 真実の告白は、権力による個人の形成という手続きの核心に登場してきたのである」
(『性の歴史1 知への意志』)




≪中世の人間にとって死はいたるところで待ち伏せしていた。

 いついかなる瞬間に命を落しても少しも不思議ではない状況のなかに、
 中世の人びとは生きていたという厳しい事態をまず頭に入れておかなければならないだろう。≫

 ヨーロッパにおいて、キリスト教以前は、大量の財宝が墓に埋められていた。
 そのため、金銀の流通に大きな影響を及ぼしたとさえいわれている。
 また、この風習がなくなることで、商業が復活し、都市の成立に結びついたという人さえいる。




 亡霊は、冬に出現することが多く、特に冬至の頃が最も多い。
 3月になると亡霊の数は減ってくる。

 また、亡霊は、日暮れ時に現れる。
 日が昇ったり、灯がついたりすると、亡霊の力は弱まる。

 亡霊の現れる場所も、だいたい家のまわりだった。


 これらの亡霊や土地の守護霊は、キリスト教により追われた。




<目次>
はじめに

第一章 古ゲルマンの亡者たち
第二章 死者の国と死生観
第三章 キリスト教の浸透と死者のイメージの変化
第四章 中世民衆文化研究の方法と『奇跡をめぐる対 話』
第五章 罪の意識と国家権力の確立
第六章 キリスト教の教義とゲルマン的俗信との拮抗
--贖罪規定書にみる俗信の姿
第七章 生き続ける死者たち

あとがき






阿部謹也「西洋中世の男と女―聖性の呪縛の下で」(ちくま学芸文庫)







 アメリカは、新しい土地・社会という印象が強い。

 しかし、
 
 ヨーロッパが中世社会が絶対王政によって大きな変化が生まれた際、

 この絶対王政を逃れた人びとが作った国であるため、

 中世から、絶対王政を経ずに、近代国家となった国といえる。

 そのため、

 絶対王政を経た社会が禁止した個人の武装が認められている。

 陪審員裁判もヨーロッパ中世のやり方をやや緩くして運用している。

 
 カトリックはどんな罪を犯しても、告白して罪をあがなえば赦されるという抜け道があるが、

 プロテスタント、ピューリタンの場合、この抜け道がない。







 古代人の宇宙観・・グノーシス派の宇宙観

≪この世は月の下にある地球と七つの惑星圏、第八の恒星天というものを経て、

 神の叡智界へ広がっています。

 そして最後の叡智界は神の叡智そのものが表れる世界であって、そこから下に向けて

 徐々に叡智が低下し、地に至ってはゼロになる。≫


 
 古代末期の人々は、不運とか不幸とかをもたらすものは、

 呪術師の力で動く超自然の力ダイモーンだとみていた。

 また、人は死ねば、肉体を地上に残し、霊は天に昇り、神々の世界に座を占めることも
 不可能ではないと考えていた。

 一方、キリスト教は、古代人の宇宙観とまったく異なる宇宙観を生み出した。
 人間は最後の審判に際して、肉体とともにすべての死者が甦り、
 善行を積んだものは天国へ、悪行が多かったものは地獄へ行くと定められていると教えた。


 古代人にとってのダイモーンや守護霊は、
 天使や悪魔として位置づけられた。
 




PS1

 キリスト教が入ってきて400年も経つのに、 

 日本において、なぜキリスト教が普及しないのか?


 人口のわずか1%。


 その理由は、

 キリスト教には、公の面と土俗的な面の2つの大きな面があるにもかかわらず、

 土俗的な面を切り捨てて公の面だけが入ってきているから。

 ・・つまり、近寄りがたい。






PS2


 「Aという字は何色か?」

 ということに、アメリカの学生は答えられないと教養を疑われる。



PS3

 英語で奴隷を意味する「スレーブ」とは、スラブを指す。

 ローマ帝国において、スラブ人が大量に奴隷として入ってきたため、

 スラブ人が奴隷という名詞になった。


PS4

 中世において、外科医は床屋の主人が兼ねていた。

 その名残が、床屋の店先にある赤と青と白の印。

 あれは、動脈、静脈、包帯をあらわしている。



<目次>
第1章 『緋文字』の世界
第2章 古代・中世の宇宙観のなかの男と女
(古代人の宇宙観
ローマ人の男女関係)
第3章 聖性の形成・解体と聖職者・女性
(ユダヤ教と男女関係
初期キリスト教と男女関係
聖なるものの変質)
第4章 聖なるむすびつきとしての結婚
(ゲルマン人の結婚
教会に管理される結婚
贖罪規定書から)
第5章 娼婦たちと社会
(娼婦の位置
娼婦と娼婦宿)
第6章 中世の男と女にとって愛とは何か
(聖性の呪縛の下で
個人の誕生)


阿部謹也「世間を読み、人間を読む―私の読書術」(日経ビジネス人文庫)

2001年刊



 阿部謹也「読書力をつける (知のノウハウ)」の文庫本。



 「補論 私と図書館」が、追加されています。

 が、この補論がとても良いです。



 ヨーロッパにあって日本にないもの?


 一見、いくらでもあるように思えますが、よく調べてみると、

 昔話やメルヘンなどでは、違いはあまりない。

《ただ、はっきりしていることは音楽なのです。・・

 特に、ポリフォニー。》

 日本の音楽は、古代から近代まで、ほとんどがモノフォニー、単声音。

 一方、ヨーロッパは、オーケストラに象徴されるポリフォニー。


 このポリフォニーの音楽が生まれたのは、修道院。

 ザンクト・ガレンのような修道院であり、

 そこでは、文字だけでなく、音楽、特に合唱が教えられた。




<目次>
第1章 何を読むか
第2章 「読書」を読み解く
第3章 教養とは何か
第4章 生きる知恵を学ぶ―哲学とは何か
第5章 歴史をどう見るか
補論 私と図書館







ジャイアントスキー場のレストランでみたオコジョ。








今回の最終到達地。サンバレースキー場。

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