GWに入ったので、KindleStore コミック99円&50%ポイントセール中

でしたが、今朝起きたら、既にキャンペーン終わってました(>_<)

う~む、残念!

5月3日から再開されるでしょうか???



追加で読んだもの・・ 


『悪の華』押見修造
 あまりに衝撃的なカバー・・



『乙嫁語り』森薫



『心霊探偵八雲』小田すずか、神永学



『キングダム』原泰久



『光圀伝』



『限界集落』鈴木みそ



『銭』鈴木みそ



『銭ゲバ』ジョージ秋山





そして、一番読み応えあったのが、

『永遠の0』



 司法試験浪人26歳のニート青年が、同じ26歳で特攻隊の一員として

 亡くなった祖父の生前の姿を辿る。
 
 昨今の自爆テロは「カミカゼアタック」と呼ばれますが、

 世界史的にみると、神風特別攻撃隊も、洗脳された狂信的な行動だったのか否か。

 祖父・宮部久蔵の姿を追いながら、決して洗脳されていたわけでなく、

 「十死零生」という圧倒的に理不尽な状況においても、

 残される家族と先に亡くなった戦友のために、悩みに悩んだ上での決断だった

 と伝わってきます。

 『紫電改のタカ』の滝城太郎に、ダブってみえました。



 12月に映画が公開されるので、いまから楽しみです。 




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アモン・シェイ「そして、僕はOEDを読んだ」

訳 田村幸誠

三省堂

2010年刊


 OED・・『オックスフォード英語辞書』は、

 2万1730ページ、およそ5900万もの単語数。

 何十万もの単語が、250万以上の引用を用いて説明されている。

 最新版は、1989年に出版され、全20巻、

 重さは、62.5キロ。

 段ボール5箱で届く。


 このOEDを、AからZまで、全ページ読んだ人の話。


≪なによりもまずOEDは偉大な読み物だ。

 見事なまでの定義が与えられ、そこには強大な人間の思考と、

 この辞書を作り上げるのに必要とされた学識がまさに透けて

 見えるように感じられた。

 単語、定義、さらに語源、そして何世紀にもわたって使われてきた

 用法について読む進めていくと、頭の中に英語の歴史が染み込んで

 いくように感じられる。≫


≪OEDは、妥協なく、揺るぎなく、容赦なく徹底的な存在である。≫



 英語の辞書は、17世紀全般にわたって、本屋からの依頼を受けた

 個人が一人で行うものだった。

 サミュエル・ジョンソンは1755年に、『英語辞典』を独力で完成させ、

 ノア・ウェブスターも、1806年に、ほぼ独力で小さな辞書を一つ完成させた後、

 1828年に、2巻になる大きな辞書を完成させた。

 19世紀初頭以来、一人で執筆・編集を行った辞書の中で、

 優れた辞書を呼べるものは一つもない。

 それに対して、OEDは、数名の編集者がおり、現在も進行中のプロジェクトであり、

 さらには未来の編集者もいる。

 初版には、ジェイムズ・マレーを主幹とし、

 ヘンリー・ブラッドリー、C・T・アニアンズ、W・A・クレイギーの4人がいた。




でも、

≪OEDに間違いや不可解な記述を見つけると、ほっとしてしまう。

 それは、なんというか、OEDに人間味を添えるというか、

 この壮大な辞書が、機械ではなくて、人間の手によって作られたもの
 
 であることを再認識させてくれるのだ。

 OEDでも間違える。

 その事実こそが、この著作の壮大さを、よりいっそう感銘深いものにするのである。≫



≪・・OEDには、appendicitis(虫垂炎)、aeroplane(飛行機)という単語が
 
 掲載されていない。それは、A-Antの分冊が出版された時点では、

 これらの単語は科学的すぎると認識されていたからである。≫
 



≪僕は、自分がなにか無駄なことをしているのではないかと感じた時、

 そして、こんなことよりもっと生産的なことに時間を使うべきではないかと

 考えた時、そんな時はいつも、マレー自身と彼がOEDに捧げた三六年間

 という年月を考えるようにしている。≫

 そうすると、辞書を読むということは、作業ではなく、

 特権的恩恵だとはっきり感じることができる、といいます。




≪ぜひ一度、OEDのsetの箇所を読んでほしい。

 冗談ではなく、本気でそう思う。

 三文字の単語が、六万語強の語を用いて記述されているのだ。≫






『オックスフォード英語大辞典物語』


松井栄一「出逢った日本語・50万語―辞書作り三代の軌跡」

小学館

2002年刊




 松井さんの祖父・松井簡治は、『大日本国語辞典』を編纂されました。

 大正四年から八年にかけて、古語・現代語を含む約二十万項目を収め、

 準備段階から約30年の月日をかけて仕事である。




 この辞書編纂において、

 膨大な古書を収集しながら、

 前段階として、国書の索引作りをはじめる。

 用例を拾いながら、古典語の概数をつかむ。

 『古事記』『日本書紀』・・『源氏物語』、軍記物、狂言、近松、西鶴などの

 著作の索引を作り、言葉の概数を調べたら、40万ほどになる。

 すべては無理なので、半分の20万語を対象と決める。

 一年のうち、65日は休むとし、300日と見て、

 20年で6000日になる。

 20万語を6000日でやるのは、一日約33語消化する計算になる。

 公務もあったので、朝3時に起きて8時まで、だれにも邪魔されない5時間を

 この仕事に当て、消化しきれなかった分は、7、8月の夏休みに

 一日10時間をとって取り返す。これを20年ばかり続けて作り上げた。

 
 これが苦行だったのかというと・・

≪能く云ふ例へば子供を育てるやうな話で、毎日随分骨も折れませうが、

 どんな親でも子供育ての苦心談をする人はない、

 つまり毎日段々育って行くのが非常に楽しみでありますから、

 一向苦痛と感じませぬ、子供の愛の為にさう云ふ苦労は忘れられるのであります。

 私共も字引を揃へるのは毎日面白い、是が出来たと云ふやうにして、

 悦んで居るのでありますから、一向苦痛とは思はない。≫




88ページの『日本国語大辞典』初版を作成した際のスケジュールが載っています。

昭和36年に、5人の準備委員会による初会合により、編集方針を決め、
その後、国語漢文教員8人による増補カード作り、約8万枚の調査、
国文科学生30人により、辞書類・頭注の貼り込み、
時代別・・上代中古・中世・近世・現代毎の部会に、各10人による
用例採集・資料の選定。
各部会委員とその助手や、とk種部会による、用例採集・用例カード作りによって、
カード総数200万枚。
編集部員・来社国文教員による用例カード整理・貼り込み台紙統合作業。

国文専門大学教員3人による「立項」、
編集委員代表の松井栄一氏による「立項」で、約40万に整理。

国語国文の教員、約200人により、原稿執筆。

国語国文学生、約100人が来社し、出典検討。

各分野の専門家、約90人により、原稿整理・専門校閲。

社員20~90人により、表現・表記・書式の統一。

昭和46年末より刊行開始、完了は、昭和51年3月。実に、15年。
  
 



<目次>
松井簡治と『大日本国語辞典』
松井簡治の日常こぼれ話
『日本国語大辞典』(初版)の内側
『日本国語大辞典』(第二版)をめぐって
国語辞典の用例について
用例資料にまつわる話
松井驥の歩んだ道をたどる
ピンチヒッター人生












上野公園では終日、パキスタン・ジャパン フレンドシップ・バザールで賑わっていました。
マンゴージュースで一休み。



東京都美術館の後、新美南吉展をやっていたので、国際子ども図書館へ。
3階の絵本の歴史の展示のフロアに、新美南吉のコーナーもありました。今年は生誕100年。

半田市は、新美南吉と森信三さんの展示があるので、足を運んでみたいです。



上野の東京都美術館のレオナルド・ダ・ウ゛ィンチ展へ。

自筆の油絵は一点のみ。あとはレオナルドデスキなどダ・ウ゛ィンチ派によるもの。

でも、アトランティコ手稿などの素描を通して、ルネッサンス人の一端を垣間見ることができます。


松井栄一「国語辞典はこうして作る 理想の辞書をめざして」

港の人

2005年刊



 映画『舟を編む』が良かったので、辞書作りがどんなものなのか、
 
 もう少し知りたくて手に取っているものの一冊。
 
 松井さんは、『日本国語大辞典』の編集委員を長年にわたってされたのですが、
 
 それと比較すると、映画の方は、ちょっとデフォルメしていることがわかります。
 
 でも、まあ映画に釣られて手に取った辞書の裏話、どれも楽しかったですヽ(^o^)丿
 




 「国語辞書はどのように作られているか?」

 本来は・・生きた材料から言葉を拾い、生きた実例を集めて、

 それらを広く見渡した上で説明を付けるという着実な作業をする。



 「一体、現在出版されている国語辞書で、辞書作りの本道をあゆんで

  できあがったものがどれくらいあるか?」

 
 普通に使われている小型・中型の国語辞書の多くは、

 既成の評判のよい辞書を2、選んでその語釈や用例を参考にして

 手を少し加える程度である。





 用例を付けることの効用とは。

1.その語の存在を確実に証明する

2.その語の使われた時代を示す

 いつごろ発生し、いつごろまで使われていたか

3.その語の意味の理解を助ける

 説明の困難な微妙なニュアンスの違いなどを伝える

4.その語の用法を教える
 
 使い方の種々相や、使い方の移り変わりをも知らせる

5.その語の発音に関する一つの資料となる
 
 違った発音(おもに清濁の違い)が、同時代に並存していたか、
 時代的に移り変わったかなどを知る手がかりがつかめる



 「理想的な国語辞書とは?」

1.その人がある言葉を引いたとき、それが必ず載っているということである。

2.ただ言葉が載せられているだけでなく、その言葉について知りたいと思う

  情報が的確に示されているということである。

3.その言葉が実際にどう使われているかということを示す例が数多く添えている

  ということである。

  いつの時代のこういう作品にこういうふうに使われているという実例が

  多く添えてあるほどいい。

  これがある一語についてだけでなく、何十万という言葉一つ一つについて
 
  行われなければならないとなると、膨大な量になる。

  時間的にも経済的にも形にするのは大変難しい。






 『日本国語大辞典』(第一版)は、

 辞書作りの第一歩から始めた。

≪まずどういう内容にするかの大要と、細かい記述形式の検討に1年間を費やした。

 そして、上代から現代までを大きく四つの時代に分け、

 それぞれ時代別に専門の国語国文学者の参加を仰ぎ、どういう資料から言葉を
 
 拾い上げるべきかを考えた。

 また、これと別に、仏教関係の用語、訓点資料・古記録類・法制資料・農政史料

 などの用語、服飾などに関するいわゆる有職における用語などについて、

 それぞれ専門の学者の集まりを持って相談し、あたるべき資料を決めた。

 
 こうしてそれらの資料の中から採り上げた用例カードを作成するのに

 約3年をかけた。≫
 
 でも、3年は、短すぎた。



≪さらに、以上のような作業と並行して、それぞれの語について既成の諸記述が

 一見してわかるような資料も作った。≫

 一般の国語辞書に加え、作品別・時代別・ジャンル別にまとめられた特殊辞書の

 類までも含め、30点以上の辞書類を材料にする。

 

≪・・ひとまず以上のような準備を整えたところで、項目選定の作業を進めるかたわら、≫

 いよいよ原稿作りにとりかかったのである。

 この原稿は、100名余りの大勢の人と分担する。

 

≪ところが、今度の辞書の場合は、そこから先が大変なのである。

 大勢の手によって書かれた原稿だからあとで少数の人が記述のしかたを統一しなければ

 ならないという仕事もさることながら、

 一そう時間のかかるのは、引用された例の一つ一つを、

 こちらが定めたテキストにあたり直して確かめるという作業である。≫


≪かくして、原稿ができたというだけでは作業は半分も終わっていないことになる。≫

 
 一般の人は、原稿ができたところで、8、9分できたと思われているが、

 実際は道半ば。だから、時間がいくらあっても足りない。





 ある国語学者によると、

 五万語の小辞典でも一人で原稿を書けば、50年。

 十人で手分けしても5年はかかる。

 同じ品詞の語は、一人で書くことが必要。





○自分の辞書を作ること

 辞書は、学者が作ってくれるものと考えない。

「自分の辞書作る」とは、
 
 自分がふだん使っている辞書を基にして、

 その中のあることついて何か補うべきことに気がついたら、

 それを記録することによって、自分用の辞書を作っていくという

 ことである。

 井上ひさしさんは、『広辞苑』に、自分が他の辞書や、

 新聞記事などで得た15、6百項目にわたって書き込んでいた。

≪自分の使っている辞書を、自分の力で充実させて自分の辞書を作る、

 これはなかなか張り合いのある楽しい作業である。≫







<目次>
第1章 『日本国語大辞典』編集途上での思い
(辞書作りの楽しみ
近代文献からの引例の問題 ほか)
第2章 国語辞典に親しむ
(辞書を読む
辞書を通して考える ほか)
第3章 国語辞典について
(国語辞典の不思議
国語辞典の成長 ほか)
第4章 言葉の資料、用例をめぐる論考
(現代語辞典の用例について
「心持」と「気持」 ほか)
ゴールデンウィークだからでしょうが、
KindleStoreで、 
コミック99円として、1209タイトル、
コミック50%ポイントとして、1750タイトル
の大セール中ヽ(^o^)丿

KindleFireで検索しているうち、ついつい購入をクリック・・

で、買ったのが・・

『ビブリア古書堂の事件手帖』



『ドリフターズ』



『レッド』



『狼の口 ヴォルフスムント』



『シブすぎ技術に男泣き!』



『アド・アストラ』



などなど・・20冊余を大人買い(>_<)


で、お気に入りになったのが、

『ヒナまつり』1~4巻



『我妻さんは俺のヨメ』1~5巻



続きが楽しみです・・って(^_^;)



高田宏「言葉の海へ」

新潮社

昭和53年刊




 妻と娘を亡くし、17年の歳月をかけて、日本で最初の辞書、『言海』を出した大槻文彦の評伝。


≪いまの辞書づくりと違って、明治前期の辞書は、殆どが個人の手に成った。

 山田美妙の『日本大辞書もそうである。

 これは美妙が『言海』に対抗して出した辞書で、口述筆記で急いで作ったせいもあろうが、

 美妙個人の色が生まに出ている辞書である。≫

≪大槻文彦の『言海』は、ひとりの人間が十七年、自分を顕(あらわ)すまい、物を顕そうとつとめながら、

 古今雅俗の語と格闘し、自国語の統一をめざしてつくり上げたものである。

 その裏に抑えがたく生まれた個人の色であった。≫





 『言海』は、ウェブスターの編集法に寄った。

 辞書には、次の5つの項が不可欠である。

1.発音。Pronunciation. 

2.語別。Parts of speech. ・・品詞

3.語原。Derivation.

4.語釈。Definition.

5.出典。Reference.

 ところが、ウェブスターと、室町時代以来の日本の辞書、数十冊とを比較すると、

 すべて一から調べ直す必要があった。


 和漢洋の書物の書籍を買い集めるため、いつも現在の数十万円を持ち歩いていた、

 といいます。
 

≪語の採集は捗(はかど)った。

 だがそれは辞書編纂の仕事のほんの一部に過ぎない。

 古語や古事物で意味のわからぬもの、説がまちまちなものがある。

 品詞の区別のつけにくい語がある。

 語原の不明な語がある。動詞の語尾変化の定めかねるものがある。

 仮名遣を決定する根拠がなくて、辞書中の順序が決められない語がある。

 動植物の説明はおおむねウェブスターに拠るつもりであったが、

 考えていくと、同じ動植物でも東西の風土によって形や色が違うことが多い。

 雑草、雑魚、小禽、魚介、俗間通用の病名などに至っては、

 支那にも西洋にもないものをいくらもあって、それを調べるべき邦書もない。≫

 
 それに加えて、

≪だが何より大事なことは、文法の制定であった。

 それなくして辞書はできないことが、日を経るほどにはっきりしてくる。

 「辞書ハ、文法Grammerノ規定ニ拠リテ作ラルベキモノニシテ、
  
  辞書ト文法トハ、離ルベカラザルモノナリ。」≫


 大槻文彦は、日本文法の創定、日本文典の編集を、

 日本辞書の編集に並行させた、といいます。

 


 語原・・

≪或る語に古義があることに気づかないでいることがある。

 途中で転じた意義を出発点と誤認していては、見かけにとらわれて、

 その語の素性を見うしなう。そこを見うしなうと、転義異義の語釈

 にも、ずれが生じてしまう。

 一つ語がいくつか異なる意義を持つことが多い。

 そのどれが先で、どれが後か。時代を経て意義が転じてのは、

 どういう理由によるのか。意義の移った経路を明らかにしなければ、

 本当の語釈はできない。≫



≪どこかで思い切らなかったら辞書はできない。

 疑問は残したままに、とりあえずは書きつけておく。

 幸運に恵まれて、ひょいと疑いが氷解することがある。

 はじめに書きつけたままでよいと確信の持てる場合がある。

 はじめのが誤りである場合がある。

 書いては消し、消しては書いして、原稿の一枚一枚が、

 余人には判読できぬほどになってゆく。≫







≪辞書の校正は芯のつかれる仕事だ。

 全頁が一つの有機体で、どこか一つをいじれば無数の言葉が声を挙げて検討を迫ってきた。

 ただ一行のために、買い漁った和漢洋の書物の山を探しまわり、気がつくと何時間かを失っている。

 三校、四校のゲラが朱変してゆく。≫




≪いらだってもどうしようもないのだ、

 時をかけなければこの仕事は成らない。

 そう思いながらも、あまりの「磐根錯節」に茫然とする。≫


磐根錯節(ばんこんさくせつ)・・固い根っこやひん曲がった節を持った木

 これを切る時に初めて刃物の本当の切れ味がわかる。



「私は唯だ此の事業を完成して此の世の置土産にしたいと

 考へて居るばかりなのだ。要するに私は狂人だ。

 今語原に中毒して居るのだ。」





<目次>
第1章 芝紅葉館明治二十四年初夏
第2章 洋学の血
第3章 父祖の地
第4章 戊辰の父と子
第5章 遂げずばやまじ
第6章 盤根錯節


博士と狂人―世界最高の辞書OEDの誕生秘話 (ハヤカワ文庫NF)

サイモン・ウィンチェスター

鈴木主税 訳

早川書房

2006年刊




 OED・・『オックスフォード英語大辞典』の第一版全十二巻の完成には、

 70年以上の歳月が費やされた。

 1928年に完成し、その後の数年間に5巻に補遺が出て、

 さらに半世紀後に第二版が完成。補遺が本体に統合され、全二十巻となった。

 総ページ数、1万6570ページ、

 用例182万7306にまで達した。


 OEDの定義する語は、優に五十万語を超える。

 他の辞書と大きく異なるのは、英語の「用例」を徹底的に集め、

 その用例を引いて、英語のあらゆる語彙の意味がどのように使用されているか

 を示している点にある。




 単語の一覧表をつくるには、部分的に重なり合う三つの選択肢がある。

 第一は、耳で聞く言葉を記録する方法。
 
 第二は、既存の他の辞書から単語を転記する方法。

 第三は、文献を読み、そのあとで読んだすべての単語を記録し、分類し、

 一覧表をつくる方法。

 第一は、あまりに煩雑。

 第二は、辞典編纂者は誰でも既存の辞書を出発点とし、一つの単語も見落とさない

 ようにする方法である。

 OEDは、第二に加え、第三の選択肢も採用した。


 そのために、アマチュアの人たちに、「篤志協力者」として無給で仕事を

 してもらった。

 その一人であったウィリアム・チェスター・マイナーは、

 毎週100枚を優に越えるカードを送り、一日に20枚にも達した。

 




<目次>
1 深夜のランベス・マーシュ
2 牛にラテン語を教えた男
3 戦争という狂気
4 大地の娘たちを集める
5 大辞典の計画
6 第二独房棟の学者
7 単語リストに着手する
8 さまざまな言葉をめぐって
9 知性の出会い
10 このうえなく残酷な切り傷
11 そして不朽の名作だけが残った

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