【楽天ブックスならいつでも送料無料】「幕末大名」失敗の研究 [ 瀧澤中 ]
瀧澤中「幕末大名」失敗の研究 (PHP文庫)

2015年刊





 超日本型政治家・阿部正弘・・

≪「阿部正弘は実によく人の話を聞く男だが、自分の意見というものを

 述べたことがなかった。

 ある人が不審に思ってそれを阿部に問うと、阿部は笑って、

 『自分の意見を言って、もし失言だった場合、それを言質にとられて

  職務の失策となる。だから、人の言うことをよく聞いて、善きを用い、

  悪しきを捨てようと心がけている』と答えたという」松平春嶽『雨窓閑話稿』≫


 しかし、ペリー来航・・

≪「何もしない」ことで政治を動かす。

 「不作為の政治」の名手でもあった阿部の政治手法が、この場合には災い
 
 したというべきである。≫


≪彼らがやったのは、結局のところ人事異動による対応であって、

 組織そのものを改編するには至らなかったのである。≫



≪幕末の政治状況は、複雑である。

 しかし、そこに属した者を思想的な派閥に分けると、意外とわかりやすくなる。

 まず、幕府を助け、現在の幕藩体制を維持する、という佐幕最右翼は、

 井伊直弼。
 
 幕府は助けるが、大幅に政治体制を変える、という佐幕左派に、

 幕臣、勝海舟や土佐藩の山内容堂・・≫ら。

≪幕府とはケースバイケースで協力しながら、権力獲得を目指す攘夷右派の

 薩摩藩。

 幕府と距離を置き、必要なら幕府の手先を殺し、攘夷を実行する。

 攘夷最左翼の長州藩や水戸藩士。≫

  
 戊辰戦争直後は、佐幕左派が、攘夷右派の薩摩藩に敗れたといえる。




 徳川慶喜という問題・・

≪・・筆者は慶喜の政治的信頼感のなさ、

 言い換えれば誠実さの欠如について指摘したい。≫

≪慶喜が個人として有能であったことは間違いない。

 しかし、騙し合いの代名詞のように言われる政治の世界でも、

 「誠実さ」がない人間は絶対に大きな仕事を成し遂げられない。

 「この人についていくと、途中でハシゴを外されるのではないか」

 と思えば、誰も従わなくなるのである。≫



 西郷隆盛の南洲遺訓にも、

≪制度やしくみより、まずは人物である。

 指導者が立派であれば、制度はうまく回る。

 指導者がだめならば、いくら良い制度をつくってみたところで

 意味がない、というのである。≫




<目次>
第1章 徳川幕府が気づかなかった売国への道―井伊直弼と田中角栄(田中角栄を唸らせた、北京の宿舎
敵の敵は味方 ほか)
第2章 生き残った山内容堂、殺された坂本龍馬(「兵隊やくざ」と「ノブレス・オブリージュ(高貴なる責任)」
遠山の金さんが見つけた土佐藩江戸火消し ほか)
第3章 「真珠湾攻撃」なき戊辰戦争で失敗した、松平容保(京都守護職という「銃座」
京師の地を死に場所としよう ほか)
第4章 西郷隆盛にとっての、「島津久光」という失敗(西郷の「田舎者」発言に憤然とする久光
君主であることを忘れ、家臣であることを忘れ ほか)
第5章 水戸藩と長州藩、維新さきがけの組織疲労(組織維持のコツは「倦まずたゆまず」
指導者として最低限持たなければならない条件 ほか)
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【楽天ブックスならいつでも送料無料】「戦国大名」失敗の研究 [ 瀧澤中 ]
瀧澤中「戦国大名」失敗の研究 (PHP文庫)・・本能寺の変後の織田家重臣の明暗

2014年刊




 本能寺の変後の、織田家重臣の明暗・・


 そもそも、秀吉が「人たらし」になった理由・・

≪武家としての背景がなく、独自の家来も持たず、一兵卒から叩き上げた

 秀吉の出世術の一つは、織田家の中に、自分に好意を持つ人々をつくっていく

 ことであった。≫

 秀吉は、槍働きの代わりに、「人たらし」を自然と身につけたが、

 それが政治力を高め、絶大な力となった。

 特に、さまざまな普請を通して、商人たちには、「秀吉についていると

 商売になる」と思わせ、利益供与を行うことで分厚い人脈ができた。

 
 一方、

 柴田勝家も、面倒見の悪い男ではなかったが、秀吉のような大名や土豪から、

 文化人、商人たちに及ぶ人脈はなく、結果、資金がなかった。


 もともとは信長子飼いの佐久間信盛が追放された理由は、

「(所領を増やしてやったのに)新しい家臣を雇うこともなく、

 その所領を金銀に換えるとは何事か。言語道断だ」

 という、ダメ管理職の典型のような態度にあった。



 そして、本能寺の変・・

≪もちろんどの織田家重臣も信長の死で背景を失うが、しかし自分で人脈をつくり

 政治力を蓄えてきた者とそうでない者の差が、背景を失った瞬間に出る。≫






 関ヶ原の合戦や大坂夏の陣での教訓・・

 五奉行のうちの一人、増田長盛は、関ヶ原の合戦において、

 西軍にいながら、家康に内通するも、

 戦後裏切りを認められず、幽閉され、息子の盛次が父の汚名を晴らすべく

 大阪城に入城したことを知り、自害する。

 この長盛の生き方に対して、瀧澤さん、手厳しいです。

≪増田長盛の内通行為を「生き残るため」と弁護するならば、筆者は、

 「生き残るためならば死ぬ気で戦うべきだった」と言いたい。

 命や家を護るのに命を賭けないということが、はたして戦時に可能なのか。

 増田長盛や毛利輝元を見れば、すでに出ていると言えよう。≫


 関ヶ原の合戦後、大阪城に籠城していれば、秀吉子飼いの武将は

 秀頼に刃向うことはなかったろう。

 立花宗茂は主張したが、毛利輝元以下が拒否した。

≪要は籠城の決断力の欠如と、そしてそれを指揮する指揮官の不在によって、

 これは選択されたなかったのである。

 戦わなかったがために追いつめられた例は、歴史上いくらでもある。≫


 



<目次>
第1章 武田勝頼の致命傷
第2章 足利義昭のしぶとい首
第3章 織田家臣団の有能ゆえの危険な未来
第4章 あり得なかった関ヶ原合戦の計算違い
第5章 なぜ秀頼は豊臣家を守れなかったのか
終章 政治力はいかにしてでき、いかにして失うか
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 ゴールデンウイーク以来になりますが、

 白井ゴルフ林間ゴルフコースへ。

 今日は、途中、お昼ご飯の休憩をはさみ、

 9ホール×4ラウンド=36ホール、練習しました(^^♪

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 日頃打ちっぱなし練習場でなかなか意識してできない

 アプローチの練習とグリーン回りがじっくりできました。

 実篤さんの「勉強、勉強、勉強のみよく奇跡を生む」ではないですが、

 「練習、練習、練習のみよく奇跡を生む」と思って振っています。


 1ラウンドで、パー2回、ボギー6回、1回大叩きのペース(>_<)
 
 はたしてこれで本コースはどうなることやら(+_+)


 まだ5月末・・にもかかわらず、

 この日差し・・7月~8月のラウンドが思いやられます(>_<) 


モノ食う人々・・いつもの「焼きそば」・・野菜たっぷりで美味しい(^^♪
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 ワタミ(株)からいただいた優待券も、5月末までだったので、

3週連続、駆け込みで利用しました。

 上野か品川の近くの時は、「TGIフライデーズ」。

 それ以外の時は、最寄りの「和民」か「わたみん家」。
 
 今回は、「わたみん家」さんでした。

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7522 ワタミ(株)
権利確定 3月末日・9月末日
優待券(500円)
100株以上 12枚
500株以上 24枚
1,000株以上 30枚
 最近、休日のランチは、「がんこ炎」での焼肉ランチが、

続いています(^^♪

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(株)アトムさんの株、500株持っているので、

半年毎に10000円分ずついただけます。

そろそろ有効期限が近づいているためでした(+_+)

 今度、「ステーキ宮」にも行ってみたいですね。


7412 (株)アトム
権利確定月
3月末日・9月末日
優待ポイント(1ポイント1円に充当)

100株以上 2,000ポイント (2,000円分)
500株以上 10,000ポイント (10,000円分)
1,000株以上 20,000ポイント (20,000円分)

【楽天ブックスならいつでも送料無料】放っておいても明日は来る [ 高野秀行 ]
放っておいても明日は来る― 就職しないで生きる9つの方法

本の雑誌社

2009年刊


 
 4月に入ってから、毎週、2名ずつのペースで、新卒の学生さんとの面談をしています。

今年は8月以降解禁なので、まだ採用可否を決める事前の段階になります。

 そういうこともあり、採用やキャリアデザイン関連の本を何冊か手に取ったものの一冊ですが、

 この本、作者が、高野秀行さん・・ということで、他の就活本とはちょっと・・いえ全然、違っていました(+_+)


 
 高野さんにインタビューされる方々が皆、異口同音にいうのは、

 「明日のことなんか考えない」「てきとうにやっててもなんとかなる」

 そして、この講義を聞いていた学生たちは、

 「ああ、人生はなんとでもなるんだなって思うと気が軽くなって、就活にも余裕が出てくるんです」って。


 

 少し前までの東南アジアのイメージ・・

≪酔っぱらって働かない。・・東南アジアの男って働かないじゃないですか。≫(黒田)

≪働かないですね。≫(高野)

≪ほとんど働かない。ああいうの、すごくいいなあと思って。≫(黒田)

≪すぐ仕事やめるし(笑)。・・≫(高野)


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 タイでムエタイの選手になった下関さん・・

 (練習は)≪厳しいんですけど、物事って厳しいからつまらないってわけじゃないですよね。

  厳しい練習でも楽しいし・・。

  前の日までできなかったことができるようになったり、ダイエットの成果が出てくるのが、

  とにかく楽しかった。≫


 【中古】文庫 闘う女。 そんな私のこんな生きかた / 下関崇子【05P30May15】【中古】afb


 ≪・・タイ人ってとにかく辛いこととか、根性とか努力とか、そういうのが嫌いなんですよね。

  好きなのは、楽しいこと、快適っていうこと、だから無理して何かする発想もないし、

  歯を食いしばってやるって感覚もない。≫(高野) 


≪日本人が最近「勝ち組」「負け組」と繰り返すのは格差社会のせいでなく、

 勝ち負けに異様にこだわる気質のせいではないか、他人と比べてどうかが常に問題なわけだ。

 実際、タイは日本と比較にならない格差社会だがそんな分け方はしない。

 自分が楽しければそれでいいのだから、人がどうでも関係ないのだ。≫





 ミャンマーで、欧米人向けに辺境ツアーの手配をしている金澤さんは、

 配下のガイドをみな、自分の道場に入れて試合をさせる、といいます。

≪道場に入って試合に出ろと。一回戦で負けても二回戦で負けてもいい。

 とりあえず自分が思いきり殴って、向こうも殴ってくるような状況に入って、

 自分の弱さを知ってほしいんです。≫(金澤)


≪トラブルっていうのはもう僕らの仕事では日常ですね。

 事前に許可を取って行っても、現地に着いたらこんなのダメだ、金よこせって

 奴が必ず出てくる。そういうときも諦めて逃げちゃうともう仕事にならないんで、

 そこで踏みとどまって交渉する力が必要です。≫(金澤)



 


<目次>
はじめに/高野秀行
好きな"場所"を仕事にしてみる/二村聡(開発に頼らないジャングルのビジネスを●マレーシア)VS高野秀行
コラム:夢はたくさんある方がいい 高野秀行
人生、何事も結果オーライ/下関崇子(本場でプロのムエタイ選手●タイ)VS高野秀行
コラム:負けても楽しい、という感じ方 高野秀行
情熱は案外身近なことで燃やせる/井手裕一(地元発の映画プロデュース●沖縄)VS高野秀行
コラム:懸命に伝え続けられる才能 高野秀行
危険でもとにかく真っすぐに進む/金澤聖太(辺境ツアーの現地手配業●ミャンマー)VS高野秀行
コラム:アジア辺境パックツアー・イン・SHIBUYA!! 高野秀行
楽しいだけだとつまらなくなる/モモコモーション(多国籍バンド/サウンドクリエイター●タイ)VS高野秀行
クリエイティブワークを世界に解き放つために 高野秀行
こりない思い付きこそ人生そのもの/黒田信一(作家/ライター/カフェ経営●ラオス)VS高野秀行
コラム:形式張らなさが魅力のカリスマ 高野秀行
チャンスは「面白そうじゃん」の方向に/野々山富雄(ネイチャーガイド●屋久島)VS高野秀行
コラム:ワイルドマンの極めつけに平凡な夢 高野秀行
スタートはいつだってゼロからである/姜炳赫(翻訳エージェント●韓国)VS高野秀行
コラム:ほがらかでハングリーな、魂 高野秀行
「絶対無理」の七、八割はどうにかなる!/高野秀行 作家/講師
あとがき 高野秀行
マイケル・ポラニー 科学・信念・社会
マイケル・ポラニー「科学・信念・社会」

訳 中桐 大有、吉田 謙二

晃洋書房

1989年刊


 第一章「科学と実在」より。


≪科学的に知るとは、実在の様相であるゲシュタルトを識別することなのである。

 わたしはここでこれを「直観」と呼んでおいた。≫



 問題解決における困難さ・・

 プラトンによる『メノン』での指摘・・

≪プラトンは、問題の解決を追求するのは道理に合わぬことだ、と言っている。

 というのは、あなた方は、自分の捜しているものを知っているか、

 それとも知っていないかのどちらかであり、もし知っておれば、問題というものは

 なにも存在しないし、知っておらなければ、あなた方はなにも捜していないし、

 またなにか一つでも見つかると期待することもできない、からである。≫

 であるとすれば、科学的な理解はどのように生じるのか?

≪まだ理解されていないどんなものでも理解されうる、

 というようなことがどうしていえるか。≫



≪しかしもし科学が推量でしかないならば、ある推量がもう一つの推量よりも

 もっと良いと考えるのはなぜか。

 いいかえると、科学の命題を確実なものと考えるための論拠というものは、

 もしあるとすれば、なにか。≫




 意外なことに思われるが、

 中世的な見解と科学的な見解という対立とは異なり、

≪中世のカトリック哲学が、科学的合理主義を吹き込まれた世界のなかで

 最初に確立されたということは通常看過されている。≫

 そもそも、聖アウグスチヌスはカトリック哲学の基礎を捉えた人であるが、

回心に先立って科学への深い関心を持っていたことが『告白』されている。




 ジーンズ曰く、

「科学は二つの仕方で進歩する。

 一つは、新事実の発見によってであり、

 もう一つは、既知の事実を説明するメカニズムまたは体系の発見によってである。

 科学の進歩における顕著な出来事はみな第二の種類のものであった。」



≪・・科学的命題がデータから獲得できるときの明確な規則というものは

 それゆえ一つも存在しないということである。≫
 


≪経験的発見の手続はフランシス・ベイコンによって開示されかつ確立されたのだ

 という通俗的信念がある。

 しかしあらゆる事実を集め、それを自動製粉機にかけることで発見が行われるのだ

 というベイコンの処方箋は、実際には研究の戯画であった。≫


 G.ボーヤ曰く、

≪・・発見がきわめて微妙にして個人的な技術であり、しかもこの技術にとっては

 定式化されたどんな指針もほんのわずかしか助けにならないということを

 証明しているだけである。≫



 ポアンカレ曰く、

≪・・発見は通常精神的努力が積み重ねられた結果 - 

 これは力の最後の一滴をふりしぼって山頂に到達する方法だが -

 生じるのではなく、たいていは休息または気晴しの時期の後で即座にやってくるのだ、と。≫

≪・・意識的な努力ではないコントロールされない、おのずから生じる精神的再組織化の

 過程によって起こるのである。≫







<目次>
背景と展望
1 科学と実在
2 権威と良心
3 献身もしくは隷従
付録(科学の諸前提
新しい観察の意義
観察との一致)

河合敦「関ヶ原 敗者たちの復活戦」

グラフ社

2009年刊



 以前追っかけていた?!、立花宗茂つながりで手に取った本。

 関ヶ原の合戦後、西軍についた大名の多くは、改易・減封されますが、

いったん改易された後、復活を果たした大名が、数少ないもののいました。

 その理由を探っていますが、現代の左遷人事など不遇期の過ごし方の

参考になると思っています。


 立花宗茂の場合・・

≪力を蓄えた牢人時代≫があった、といいます。

 牢人時代の≪この間、彼は単に徳川家に御家再興を懇願するばかりではなく、

 余暇を利用して自分のスキルを、驚くべき速さで向上させていっている。

 宗茂は牢人時代に、中江新八や吉田茂武(しげたけ)から弓術の免許を受けた

 ことがわかっている。

 また、妙心寺の了堂宗歇(りょうどそうけつ)に帰依して、禅の修行にも

 励んだとされる。

 このように、心身ともに鍛え、己を磨いているのである。

 
 もともと宗茂は、丸目蔵人頭長恵(まるめくろうどのとうながよし)から

 剣術の免許を得ており、剣の達人でもあった。

 さらに後年の記録によれば、連歌や茶道、香道、蹴鞠(けまり)、狂言

 などに通じていたことも判明しており、おそらくそうしあ文芸・遊芸に

 磨きをかけたのは、この牢人時代だったと思われる。


 自暴自棄にならず、心身の鍛錬に励んだ宗茂。

 結果としてそれが彼自身の器を大きくし、将軍秀忠や家光の信頼を

 勝ち得ることになっていくのである。≫


 つまり、「武のスキル」・・宗茂自身、数々の戦いで戦功を挙げ、

 なおかつ、軍略や戦術など深い軍事知識を有していたこと。

 それに加え、「武のスキル」だけでなく、「文のスキル」である連歌や茶道、

 香道、蹴鞠(けまり)、狂言に通じていたことで、

 平時置いても重宝されたといえる。

 さらに、宗茂の性格は、裏表がなく、人に愛される性格であった。

 結果、余人を持ってかえがたい人物となった。

 ・・これが、宗茂復活の秘訣かもしれません。



【中古】 関ヶ原敗者たちの復活戦 /河合敦【著】 【中古】afb

<目次>
いぶし銀の粘り強さ築城の名手 丹羽長重
ナンバーワンに執着した猛将茶人武将 上田重安
武を捨て、風雅に生きる歌人大名 木下勝俊
十数年の努力で復活した粘り勝ちの男 岩城貞隆
旧領を上回る石高で復活した奇跡の男 新庄直頼
三天下人に抜擢されたできる交渉人 滝川雄利
コネに翻弄された水軍の一族 来島康親
己の矜持を貫く不敗の名将 立花宗茂
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 「アカシア祭り」をやっている労働公園には、アカシアの花は残っていなかったのですが、

アカシアの花が残っているかも、と言われたので、大連市街と旅順とのちょうど間あたりにある

高級マンション群の「プロヴァンス」にある小山に上りました。

 海抜160メートル余りの東屋まで、20分ほどでした。
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 大連市街・・
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 プロヴァンス・マンション群・・
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 オフィスの裏手のゴースト・マンション群・・
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 ・・後ろ側に見える立派なマンションがすべて使われていない、というのも驚き(+_+)
 先月に引き続き、労働公園へ・・

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 目的は、「大連アカシア祭り2015」

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 先週の土曜日は、自民党の二階さんが「日中観光文化交流団」・・3000名余

を引き連れてきていた、といいます。しかし、先週時点で、エルニーニョによる温暖化のため、

アカシアの花はほぼすべて散ってしまっていました。

 アカシアの花のない「大連アカシア祭り」でした(>_<)

 でも、アカシアの花はなくとも、

 小雨の労働公園の散策も、なかなかいいものでした(^^♪

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 ところで、

 大連の街や公園を散策していて気づくことは、

 カラスはみかけず、そのかわり、黒と白の模様の鳥・・
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 喜鵲(カササギ)でした。

 名前に「喜」が入っているため、縁起が良いため、中国の人には人気の鳥でした。
 

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