人の世やちまた (1985年) (ノア叢書〈8〉)
本居宣長『うひ山ぶみ』・・足立巻一「人の世やちまた」(ノア叢書)

編集工房ノア

1985年刊



 足立巻一「人の世やちまた」(ノア叢書)



「『うひ山ぶみ』逍遥」より・・




 足立さんが、宣長の『うひ山ぶみ』を初めて通読し、愕然としたこと。


 
≪宣長は『うひ山ぶみ』の冒頭で学問を神道・有職・国史・和歌の四種に分け、

 好きな道を選んだらよいといってこう述べる。


「又面々好むかたと、好まぬ方とも有、

 又生れつきて得たる事も、得ぬ事とも有物なるを、

 好まぬ事をしては、同じやうにつとめても、功を得ることすくなし」

 要するに、好きなことをやれ、というのである。≫

 宣長自身、代々の商家に生まれ、若い頃から商売をしたにもかかわらず、
 
 商人としては成功しなかった。そういう体験もあった発言なのかもしれない、と。



≪宣長はこれにつづけて学問は学ぼうとする人の心まかせにしたらいい、こう述べる。

 
「詮(せん)ずるところ学問は、ただ年月長く倦(うま)ずおこたらずして、

 はげみつとむるぞ肝要にて、学びやうはいかやうにてもよかるべく、

 さのみかかるはるまじきこと也、いかほど学びかたよくても、

 怠りてつとめざれば、功はなし」


 学びようはどうでもよく、年月長く努力せよといい、こう結ぶ。


「又人々の才と不才とによりて、其功いたく異なれども、才不才は、

 生まれつきたることなれば、力に及びがたし、されど大抵は、

 不才なる人といへども、おこたらずつとめだにすれば、それだけの功は有ル物也」


 才能の有無は生まれつきでどうしようもないが、「不才なる人」でも怠らずに

 努力さえすれば、それだけの功はある、と断ずる。

 ここには自信に満ちた強い断定の響きがある。

 頭がわるくて才能に乏しいことをいつも内心で嘆いていたわたしはまさしく

 「不才なる人」である。

 そのわたしでも努めさえすれば相応の効果があるという。

 わたしはこの一節に激しく鼓舞された。

 それは学生のときだけではない。

 そののちずっとこのことばがわたしに宿り、力づけてくれたのである。≫

 

 宣長の長子『詞の通路』にも、次の一節がある。

≪「・・不才とてもたゆみなく習いおこたらずつとむる時は、

 其功積りてかへりて才ある人よりは其わざまさりてよく出来る物なり」≫



≪宣長は結局、学問は好きなことをやるよりほかなく、

 長年月はげみつとめるのが肝要だと・・≫いった。

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